2012年02月01日

「真珠貝−異物を美しく貴い宝石へ」

真珠−それは女性であれば誰でもがあこがれる装飾品のひとつです。

真珠といっても白蝶真珠や黒蝶真珠からマベ真珠、淡水真珠など様々な種類があるようですが、日本で生産される代表的な真珠といえばやはりアコヤ真珠です。

三重、愛媛、長崎、大分、熊本県などのきれいな海でアコヤ貝を母貝として養殖されています。

興味深いのはそれらの貝たちが美しい真珠を作る過程です。

真珠を作る貝の中には「外套膜」と呼ばれる貝殻をつくる成分を分泌する膜があります。貝の貝殻と内臓を被っている膜のことです。

もし貝の体内に小石などの異物が入った場合、この外套膜が真珠質を分泌して異物を幾重にもくるんで真珠層を形成していきます。養殖真珠は、この外套膜の性質を利用して作られるのです。

ほとんどの人が知っていることとは思いますが、真珠貝はなんと自身にとってとてもやっかい物であるはずの小石のような異物から美しい宝石を作り出していたのです。

何とすばらしいことでしょう!

この世は、多くの主の恵みや祝福で満ちていると同時に、多くの悲しみや苦しみ、孤独、試練や艱難、苦難に満ちています。毎日メディアで報道される多くの事柄には、耳や目を疑い、心を締め付けられるような恐ろしく悲しい事件で満ちています。

この現世が、「試しの世」すなわち神のみもとへ戻り、永遠に神と共に住むにふさわしい自分を証明するための鍛錬と試験の場であるがゆえの厳しさでもあるのでしょうが、やはり厳しいと言わざるを得ません。しかしながら、主は預言者リーハイを通じてその息子ヤコブに次のように語っておられます。

「さて、ヤコブよ、わたしはあなたに告げる。あなたは、わたしが荒れ野で艱難に遭っていたときに最初に生まれた子である。見よ、あなたは、……ひどい苦難を味わい、つらい思いをした。しかしながら、荒れ野で最初に生まれたわたしの子ヤコブよ、あなたは神の偉大さを知っている。神はあなたの苦難を聖別して、あなたの益としてくださる。」(ヤコブ2章1節)

艱難や苦難、試練や悲しみ、孤独は、決して人をつまずかせるものではなく、それを主にあって受け入れ、主に頼り、主の贖いの恵みにすがって耐え、乗り越えるべく最善の努力をする人を精錬するものであることも知っています。

真珠貝の真珠作りの過程はまさにそのことを象徴しています。

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

主御自身も「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」(マタイ26章39節)と、人には決して知り得ない恐ろしい苦痛と苦悶の中で祈られましたが、その願いは叶いませんでした。「しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」との神と人への深い慈愛の発露として発された言葉の通り、神の御心が行われ、救いの計画の中で最も大いなる贖いの業が全うされることとなりました。

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

わたし自身にも、すぐにかなえられた祈り、10年後、27年後にかなえられた祈り、そして未だかなえられない祈りがあります。

それは、主御自身のように、私たちが神の御心のみによって生きるようになるためだと思われます。

奇跡は、信仰を生むことはありません。
信仰は、神のみ言葉を聞くことから生じると主もおっしゃっておられます。(ローマ10章17節)
もちろん奇跡は、信仰に伴うすばらしい主の恵でありますが、この世において最も大いなる奇跡は、目に見える病の癒しでも、足や目の不自由な方が癒されることでもありません。この世において最も大いなる奇跡は、主にあって人の心が変わり、思いが変わり、生活が変わることだと思います。

すなわち、神を信じ、主の贖いを信じ、その御心のみによって歩もうと決意し、主の贖いに頼って真理に懸命に従おうと努力する心の大きな変化こそ真の大いなる奇跡です。

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

そのような心の大きな変化という奇跡を自らと自らの人生に起こし、神が人それぞれに与えられた使命を全うできるようにするためだと思われます。完全な救いに至るすべての真理を熱心に求め、神と主への愛と感謝の念を持ってそれらを行い、神が召された預言者と使徒の助けを得つつ、「わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るため」(エペソ4章13節)すなわち、永遠の生命(ヨハネ17章3節)を得られるよう自他共に助け合うためです。

たとえヨブのようにこの世のすべてを失っても、神を知り、主を知るという「真珠(=永遠の生命)」を賜物としていただくことが出来るとすれば、「神はあなたの苦難を聖別して、あなたの益としてくださる」(ヤコブ2章1節)と諭すリーハイの約束が、真に私たちの身に現実のものとして起こることでしょう。

私の大好きな「記念碑」という詩があります。寡黙に異物の痛みに長く耐えつつ、それを受け入れて美しい宝石に変えるあの真珠貝の優しい思いを代弁しているかのような詩です。

「記念碑」

神様は
その子供たちを地上へ送られる前に
彼らのひとりひとりに
慎重に選び抜かれた試練のはいった箱を与えられました。
彼は微笑みながら
それらの試練があなただけのものであることを約束されました。
あなた以外の誰も
それらの試練があなたにもたらす祝福を受けることは出来ないでしょう。
そしてあなただけが
それらをあなたの しもべ とするために必要な
特別な才能と能力とを持っているのです。

さあ!
未知の旅へと出かけなさい。あなたの誕生へと…
私が幕の彼方からあなたをこよなく愛していることを
決して忘れてはいけません。
私があなたに与えるこれらの試練は
私のあなたに対する愛のしるしです。
そして
これらの試練の助けを通してあなたが築く人生の記念碑は
あなたの私に対する愛のしるしとなるでしょう。

               天父

時には辛く悲しいこの人生、でもそれだからこそ真の喜びと成長を得られると思います。いつも主を仰ぎ見て、どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに孤独でも、どんなに淋しくても、どんなに生活が厳しくても、互いに支え合う心を持って、あの寡黙な真珠貝のように、ひとりひとり異なる「美しい人生の真珠」「人生の祈念碑」を作れたら、どんなにすばらしいことでしょう!

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

すべての神の息子娘たちが、ひとりひとり異なる「美しい人生の真珠」「人生の祈念碑」を作るためです。

そして、神さまはひとりひとりを決して見捨てずに、必ず助けて下さいます。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 20:44| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月31日

「てぃんさぐぬ花−最も大きな親孝行」

Housenka01.jpg以前にも紹介したことがありますが、私は、詩人須永博士さんの作品(詩)が大好きです。

須永さんの作品は、つらく悲しい人の痛みを自分の痛みとして感じて励ます温かさと優しさに溢れています。同時に良き事柄に向かって前向きに立ち向かっていく強さを教え、またそれを与えてくれます。

そんな須永さんの作品の中でも、私は次の詩が大好きです。

  父ありて我が強さあり
  母ありて我が優しさあり
  父母の姿いつも忘れられず
  いつも我が人生の心の支えなり

        須永博士

戦前戦中前後の本当に厳しい中を必死に生き抜き、本当に貧しい中私たちを養い育んでくれた父母には、どれだけ感謝しても感謝し切れません。お金も地位も何もないごく平凡な人生を送る中、どんな時でもありったけの親の情愛を注いで私たちを養い育んでくれた父や母。子供たちの成長と幸福を一心に願い、すべてを捧げてきた両親へのご恩は、一生かけてもお返しできるものではないと感じています。

ただ、もしも唯一ご恩返しができるすべがあるとするならば、それはささやかながらも幸福な家庭を築き、両親から受けたすべての良きものと愛情を同じように自分の子供たち、ひいては周りの方々に注いでいくことだと思っております。

もちろん言うは易く行うは難しですが……。
特に私のような凡人には本当に大きなチャレンジです。

沖縄には、人の道を指し示し、良き事柄へと人を誘う珠玉のような黄金言(クガニクトゥバ)と呼ばれるものがあります。先人の深い洞察と知恵に基づいて語られた数々の格言です。

次の琉歌もその一つです。(琉歌については最下に説明)
         
            ちみさち      うや ゆしぐとぅ ちむ
「てぃんさぐぬ花や 爪先に染みてぃ 親ぬ諭言や 肝に染みり」

「てぃんさぐぬ花」とはホウセンカのことです。その花びらを指先ですりつぶし、出てきた淡いピンクの汁を爪につけて染めると、その色は決して落ちることがありません。

そのように、父親や母親の教えを決して消えることのないように心に染め、すなわち心に深く留めて、それを行いなさいという意味の歌です。

本当にすばらしい教えだと思います。

私たちのことを本当に愛し大切に思ってくれている両親が、その子や孫たちの幸せを願って与える正しい教えや諭しを、真に心に留めて行い、その期待のままに幸せな人生を送ること、もしかしたらそれが物やお金に勝る最も大きな親孝行−ご恩返しかもしれません。

これは、私たちを深く愛し見守る神さまとイエス・キリストさまの慈愛とご恩に報いることにも相通ずるような気がします。完全な救いに至るすべての真理を熱心に求め、主の贖いとその恵みに頼りつつ、感謝と愛を込めて行い、御旨に適った真に幸福な人生を送ること、それこそが神が最も喜ばれる親孝行なのでしょう。

            ちみさち      かみ ゆしぐとぅ ちむ
「てぃんさぐぬ花や 爪先に染みてぃ 神ぬ諭言や 肝に染みり」


※「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される叙情的
   短詩形歌謡の総称。
   短歌形式の琉歌は、8・8・8・6 の30音からなる定型短詩です。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」


posted by HappyLifeRealize at 07:46| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

「幕の彼方の天使たち-大震災被災者の皆さんへ捧ぐ」

アメリカに住む友人から心温まるメールを頂きました。彼女は、今回の東日本大震災で被災され、家族を失い、悲しみに沈む方々のために曲を作って下さいました。「幕の彼方の天使たち」と題する曲です。皆さんにもご紹介します。そして被災された多くの方々の元に届けられたら本当に嬉しく思います。




「幕の彼方の天使たち」

      歌・作詞作曲:宮里悦子
           編曲:西田雅彦
        イラスト:にしだようこ    
  
あなたにも見えるかしら
幕の彼方に輝く笑顔が
ほおをつたう あなたの涙を
受け止める あの優しい手が

死は永遠の別れじゃなく
別の形で再び生きること
幕の彼方の天使たちは
今日もあなたと共に生きる

あなたにも聞こえるはず
あなたの名前を呼ぶあの声が
僕は君の側にいるよ
わたしはあなたの手を握ってる

死は永遠の別れじゃなく
別の形で再び生きること
幕の彼方の天使たちは
今日もあなたに語りかける

とめどなくあふれる涙の
渦に呑みこまれそうなとき
思い出して 震えるあなたの
身体を抱きしめる ぬくもり

どんな嵐も波のうねりも
思い出を奪う力はないのよ
心のアルバムに刻まれた愛は
永遠に消えはしない

死は永遠の別れじゃなく
別の形で再び生きること
地上でつながれた愛の絆は
天でもつながれる

幕の彼方の天使たちは
今日もあなたにささやいてる
微笑んでる
見守ってる

家族は永遠に共に住むことが出来るようになります!
↓ ↓ ↓
「家族を永遠に結ぶ聖なる主の宮居−神殿」

本人から了承を頂いて、以下にメールを紹介します。

お元気ですか? えつこチデスターです。
過去20数年歌を書き続けています。今回新しい歌が生まれました。

友人の西田さんの編曲で彼の奥さん洋子ちゃんの優しいイラストでユーチューブに載せました。「幕の彼方の天使たち」という歌です。幕の彼方の天使たちとは、今回の津波で命を失った方々のことです。今もベールの向こうから私たちを支えて見守っていることを伝えたかったのです。被災地の生き残った方々が、なぜ今も感謝の気持ちを忘れずに周りの人々のことを思いやって頑張れるのだろうと思ったときに、「ああ、そうだ亡くなった方々が、幕の向こうから生きている家族や友人たちを励まして支えているんだ、だから彼らは優しさと祈りを忘れずに復興のためにがんばれるのだ」と感じたのです。

今年の8月に被災地に行きました。友人たちと2箇所で小さなコンサートをしました。
あまり皆さんにはお伝えしてないかもしれませんが20年以上歌を書き続け、全国あちらこちらで小さなコンサート活動をしてきました。

私は若いころに宣教師として東北の地で1年9ヶ月ほど奉仕をしました。ですから東北の地は私にとってとても大切な地なのです。

今回の津波のニュースを聞いた数日後に友人たちとみなでユタ州の私の住む地域のある公園で被災地への義援金をあつめるためにガレッジセールをしました。人々の関心が強いうちにと数日間で準備をし、メールで、フェイスブックで、電話で、あらゆる人々に呼びかけました。3月の中旬で天気も悪く、週末の金曜日、土曜日は最悪の天候でした。ユタではガレッジセールは夏にするものです。でも状況の悪さなど頭にも浮かばないほど私たちは何かしなければただ手をこまねいてじっとしているわけにはいきませんでした。

主人の提案で急いで新聞社に記事にしてくださるようにお願いしました。それが功を奏して多くの方がこのガレッジセールについて知りました。私たちは家でもう不要になったものを何でも公園にドロップオフしに来てくださいと呼びかけました。そして寄付するものがない方はどうぞ買いに来てくださいと呼びかけました。

金曜の午後と土曜の午前午後と行いました。金曜日には新聞記事からこの計画を知った3社のテレビ局が駆けつけ、私は化粧もしてない顔で、雪嵐の中乱れた髪と日本なまりの英語でインタビューに応じることになりました。

インタビューで、ユタの人はもう寄付をするのに疲れきっているとは思いませんか?ときかれました。(アメリカでもいろいろな災害がありすでに何度もこのような義援金活動が過去にあったのです)また、「このような天気で明日も悪い天気になりそうですがうまくいくと思いますか?」と質問されました。

私は「天気のことも、またどのぐらいお金が集まるか、成功するかなど、何も心配もないし考えてもいません。ただじっとしていられないのでみなで実行しました。お金がいくら集まろうが関係ありません。たとえ金は集まらなくても子供たちに、若者たちに私たち大人はどこで誰が困っていてもいつでもお互いに手を差し伸べるという姿だけは見てもらいたいです。でも大丈夫です。どうしてかわかりませんが人々は来てくれると確信しています。今はただやれることをするだけです。でも人々は来ますよ」と答えました。

奇跡が起こりました。最悪の天候にもかかわらず、多くの方が周りのお店から商品を寄付してもらって持ってきたり、家具や小物、ありとあらゆるものを持ってきてくださいました。ある方は高価なコレクションを持ってきました。そして買いに来た人は1ドルのものに20ドル払い、ある方は500ドルのチェックを持ってきてくださいました。

体の不自由な私の近くに住むご老人が私に電話で彼の家によるようにといわれていってみると150ドルをくださいました。皆さんが安いものに高いお金を払ってくれました。中心になって計画、実行してくださった和美さんはじめ日本人のかたがたは本当に立派でした。

最後にみなでお金を計算したときみな涙が止まりませんでした。なんと1万6千ドルを超えたのです。脅威でした。1ドル100円の計算だと160万円になりますね。今もあの寒い雪交じりの風の強い二日間を思い出すと胸が熱くなります。そして中心になって動いた日本人の多くの女性たち、そして彼女たちのご主人さんたちを思い出すと感謝で胸がいっぱいです。彼らの模範はいつまでも忘れることはありません。

この歌はとてもシンプルで、また私は音楽は何のトレーニングも受けていない音楽のバックグランドなしのプロでもないただのおばさんですが、ただ私の心の祈り、心からのメッセージを被災地の方に、そして奉仕に携わった義援金作りに携わった日本全国の、そして世界中の人々に感謝と愛をこめて贈りたいと思います。

またこの地上で生を全うして亡くなられた方々はベールの向こうでただ霊という違った形で生き続けていることをお伝えしたくてこの歌が生まれました。愛と希望を感じていただけたら幸いです。

もしよかったらお友達にもシェアーしていただけたら嬉しいです。

Etsuko

家族は永遠に共に住むことが出来るようになります!
↓ ↓ ↓
「家族を永遠に結ぶ聖なる主の宮居−神殿」

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 14:21| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 励まし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「親ぬ言葉や神ぬ言葉−父と母を敬いその良き勧告に従う」

今日紹介するお話しは、アメリカの教会の青年たちに実際に起こった出来事です。両親を敬い、その良き勧告に従うことの大切さについて深く考えさせられるお話しです。

4人の若い青年たちが、鹿を狩るために車で山へキャンプに出かけることになりました。4人は大の仲良しで、行動する時はいつも一緒です。誰もが、翌日からのキャンプを本当に楽しみにしていました。

ところが彼らの中の一人の母親が、今回のキャンプに関し、なぜかとても大きな不安と胸騒ぎを感じて、息子に今回だけはキャンプへ行かないよう説得し始めたというのです。

その息子は、とてもがっかりし、でもなんとか母の気持ちが変わるよう、許可してくれるよう粘り強く、また多少のいらだちも含めて母に頼みました。

ところが母親の不安は募るばかりでその決意も固く、結局優しく理由を説明され、説得されたその青年は、母の勧告に渋々従うことにし、キャンプ行きを断念したそうです。

2日後3人の友人たちが青ざめて彼の元へ帰ってきました。そして次のように報告したのです。

「君は今回のキャンプをキャンセルして本当に良かったよ。
 帰りしな、君がいつも座るシートの後ろには
 いつものようにライフルが立てかけられていたのだが、
 それが、どういう訳か暴発してしまったんだよ。
 君が座っていたはずのシートの背もたれを貫通し、
 フロントガラスに大きな穴を残して……。
 もしあの時君がそのシートに座っていたなら、
 今頃君はこの世にいないはずだよ……。」

その青年は絶句しました。そして、しばらくしてわれに帰った後、主と母親への本当に深い感謝の念で満たされました。

沖縄の「島唄」の一節に次のようなくだりがあります。

「親ぬ言葉や 神ぬ言葉 忘んなよ」
(ウヤヌクトゥバヤ カミヌクトゥバ ワシンナヨ)

これは、「子供たちへの深い愛情を込めて語られる親の義しい教えや勧告は、神から下される勧告の言葉としてしっかりと心に留めて行い、決して忘れるようなことがあってはいけませんよ」という意味です。

聖書にも次のようにあります。

「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。」(出エジプト記20章12節)

沖縄のオジー・オバーたちは、自らが義にかなった生活をする限り、すべての父親母親は自らの子供たちのために、神(御天大主:ウティンウフシュ)より直接導きをいただき、子供たちに幸いと益をもたらす教えと勧告を与えることができると信じています。

そして義しい親を通して愛情を持って語られる教えや勧告は、すなわち神の教え、勧告であり、それに喜んで素直な心で従う時、神に守られこの地に長く幸せに暮らせると信じているのです。

父と母を敬い、その愛情を込めて語られる教えや勧告に従うことの大切さを改めて痛感しました。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 09:01| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月29日

「貧しかった少女を改宗へ導いた一枚の英会話チラシ」

私が所属する末日聖徒イエス・キリスト教会のふさわしい若人たちは、19才〜20才になると、自らの選択の自由により、また神さまの召しと権能を受けて、この福音を宣べ伝えるために全世界へ出かけて行きます。幼い頃から一生懸命バイトをして貯めたお金を携え、あるいは家族の援助を受けて無報酬でボランティアとしてこの福音を宣べ伝えます。主が生きておられた時代の聖徒たちと同じです。

現在6万人もの若人たちが150カ国を超える国と地域において、自らの学業や仕事を後にして、1年半〜2年間主の伝道の業に従事しています。これはまさに驚くべきことです。

世の多くの良識ある人々からも、「このような『世の中を知らない若造たち』が伝道に出て何が出来るんだ」との非難もたびたび浴びますが、そのような世故に長けない若い宣教師たちにより、毎年30万人を超える人々が全世界で神さまを知り、主と主の贖いに対する強い証を得てバプテスマの門をくぐります。

これは、まさに次の主の預言を成就する奇跡そのものです。

「世の弱い者たちが……肉の腕に頼ることのないよう……、すべての人が主なる神、すなわち世の救い主の名によって語るため、信仰もまた地に増すため、わたしの永遠の聖約が確立されるため、わたしの完全な福音が弱い者や純朴な者によって世界の果てまで、また王や統治者の前に宣べられるためである。」(教義と聖約1章19〜23節)

今日は、そのような若い宣教師として召され、伝道に励んだ友人の感動的なお話し、実際に起こった出来事について紹介します。どのような小さな幼子であれ、小さな者であれ、彼らが謙遜に捧げる義なる祈りや望みを、主はすべて御心に留められ、主の御旨に適った時期にかなえて下さるとの確信を今一度新たにしました。

<貧しかった少女を改宗へ導いた一枚の英会話チラシ>

大雪に見舞われたある晩のことです。2人の若い宣教師が、教会で行われる無料の英会話の準備をしていました。彼らは地域の方々への奉仕の一環として1週間の内の数時間をボランティアで英語を教える活動を行っていたのです。「今晩はこんな雪じゃ誰も英会話には来ないだろうね」と中止することも念頭に置きながら一人の宣教師が語りました。彼の同僚も同感だとうなずいています。

その時です。一台の車が、窓越しに教会の中へヘッドライトの光を投げ込みながら駐車場に止まりました。なんと見るもうらやましい真新しい車です。その車から20代の若い女性が降りて来て「英会話を教えている教会はこちらですか」と尋ねてきました。そして一枚のチラシを手渡したのです。なんとこれがまた非常に古い10数年前にこの教会で作られた無料英会話のチラシだったのです。

暖かい教会の中へ招かれたその女性は、事の経緯を次のように説明しました。

「幼い頃、2人の若い青年が私の家を訪れました。その時、家には両親も兄弟もおらず私だけでした。教会の宣教師だと名乗るその2人の若い青年は、私に無料の英会話について説明し、このチラシを下さったのです。10数年も前のことです。私は無料で英語を教えて下さるというその教会に殊の外興味を抱き、是非通いたいと思いました。

でも、当時家は非常に貧しく、車はもちろんないばかりか教会に通うバス賃さえも望めない状態でした。いつか大きくなって自分で働き、車を持てるようになったら必ずその教会に行くと心に決め、その英会話のチラシを宝物のように大切にしまっておいたのです。

あれから長い年月が経ちました。私は学校を卒業して就職し、一生懸命お金を貯めました。そして今日念願の私自身の車を購入したのです。あの駐車場の車は今日買ったばかりの私の車です。幼い頃の夢を果たすために、車のディーラーから真っ直ぐにこの教会へやって来ました。私に英会話と神さまのことを教えて下さいますか?」

2人の若い宣教師は大きな感動に包まれ、言葉を失いました。幼い頃から願い続けた望みと日々謙遜に祈る2人の若い未熟な宣教師の祈りが、同時にかなえられた瞬間でした。

彼女はその後、英会話を学ぶ中、この回復されたイエス・キリストさまの福音を熱心に学び、証を得て、程なくバプテスマを受けました。それからさらに働き、お金を貯め、自らも専任宣教師としての召しを頂いて1年半伝道の業に携わりました。そして、帰還後すばらしい男性と巡り会い、神殿において永遠の夫婦として結び固められたのです。現在本当に幸せな家庭を築いていらっしゃいます。

貧しかった幼い少女の胸に、主が与えられた小さな望みは、10数年の時を経て主の御手により実を結び、永遠に朽ちない大きな祝福へと膨らんでいきました。主の深い憐れみと慈しみによってなされる「奇しきみ業」は、私たち神の息子・娘らに対する、神のまさに大いなる愛の証です。

ディーター・F・ウークトドルフ管長も、次のように語っています。

「神は神聖で清く、筆舌に尽くし難い無限の愛であふれているので、わたしたちを愛してくださいます。神にとってわたしたちが大切なのは、わたしたちが優れた経歴を持っているからではなく、わたしたちが神の子供だからです。神は、わたしたち一人一人を愛しておられます。」(ディーター・F・ウークトドルフ管長、2009年11月号『リアホナ』、p.22-23)

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 07:04| 沖縄 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 慈愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月28日

「まなぞこに 映るは父ぞ 吾子生きよ−天の温かい眼差し」

俳人西東三鬼の作品に、私の大好きな俳句があります。以下の俳句です。

「まなぞこに 映るは父ぞ 吾子生きよ」

重い病に伏す、わが子の顔をのぞき込み、その回復を懸命に祈り励ます父親の愛情と心の憂い・葛藤が深く心に染み込むすばらしい作品だと思います。私がこの俳句に強く心引かれるもうひとつの理由があります。それは、私にも同じような経験があるからです。

今から約20年前、娘の一人が3歳の時のことです。非常に重い病に冒されてしまいました。訪れた県立病院の専門医に診察していただいた結果、非常に深刻な進行状態であることが分かりました。

その後、自宅の近くにある国立病院の有名な小児専門医を紹介され、本格的な治療が始まりました。ところが様々な薬物治療がなされますが、思うような成果がなかなか得られません。当初からかなりの長期戦になることは覚悟していましたが、この種の病気の中でもかなり症状が重く、担当の医師も本当に厳しい表情です。

ある日その担当医に夫婦で呼ばれまして、相談を持ちかけられました。

娘の症状は殊の外重く、現在の症状を抑え、抜本的な治療を施すためには入院が必要であること、その治療には副作用が伴い、完治は難しく、症状が大きく改善する確率も三分の一とのことでした。症状が改善しても、この子が通常の子供たちと共に学校で学ぶことは難しいだろうということでした。もちろん命の危険もあります。

「どうしますか」との問いが投げかけられました。

「どうしますか。」と言われても、その治療法以外には他に打つ手はなく、そのままでは命の危険も伴います。完治は困難、症状の大幅改善の確率も三分の一、そう言われても、もうやるしかありません。早速、入院の手続きが取られ、特殊な治療が始まりました。

これまでの人生の中で、これほど必死に祈った経験はありませんでした。

当時五歳になる上の息子と、一歳半の下の息子を連れて実家に預けるたび、母が私たち夫婦以上の切実さで朝な夕なに必死に祈っている姿を目にしました。二人の息子も、そのおばあちゃんの祈る背中を毎日のように見つめました。

「子や孫の 幼心に 焼き付くは 祈るオバーの 小さな背中」

娘は、治療期間中かなりの副作用で苦しみました。しかしながら多くの方々の祈りに支えられて、治療は大きな効力を及ぼし、あの重い症状は徐々に引いていきました。もちろんその後も長く治療と投薬は続きましたが、日常生活を全く問題なく送れるほどに回復しました。担当の医師も奇跡が起こったと本当に喜んで下さいました。

普通の子供のように幼稚園に通い、そして普通の子供のように小学校へ上がりました。私たち夫婦にとって、その平凡でごく普通のことが、本当に大きな幸せであると身に染みて感じ心から感謝しました。

娘が中学へ上がって間もなく、十年近く続いた治療・投薬は病気の完治と共になくなりました。担当の医師もこれほどまでの回復は、症例が本当に少ないと手放しで喜んで下さいました。

まさに奇跡でした。

温かく支えて下さった担当の先生や病院のスタッフ、周りの方々へ心から感謝しました。そして十年間ほとんど一日も欠かさず祈ってくれた母(おばあちゃん)には、どのように感謝しても感謝し切れません。情愛を込めた信仰の祈りは奇跡を生むとは月並みな表現かもしれませんが、私たちにとっては本当に重い言葉です。

その娘は、昨年2月より、幼い頃から貯めた自らの貯金と大学時代にバイトで貯めたお金を携えて、東北の地で専任宣教師としての召しを受け、無報酬で1年半の期間伝道活動に勤しんでいます。

あの3月11日の東北大震災の時、その娘は福島県郡山で被災しました。一時期音信が途絶えましたが、2日後無事が確認され、胸をなで下ろしました。東北各地で伝道していた72人の宣教師は、壊滅的な被害を受けた地域で奉仕していた10数名の宣教師も含め、全員が奇跡的に助かりました。そして、その地に住む教会員全員の無事が確認されたのです。本当に本当に大きな奇跡でした!!

「まなぞこに 映るは父ぞ 吾子生きよ」

天は常に、本当に深い愛の眼差しを持って私たち一人一人をご覧になり、助けの手を差し伸べ、励まして下さいます。日々、そのような天の温かい眼差しを感じながら生活できる祝福は、何にも変えられない本当に大きな恵みです。

アメリカの友人が、特別なDVDを作ってくれました。タイトルは「I know that my Savior Loves Me.(私は救い主が私を愛しておられることを知っています)」です。あなたもきっと天のあなたに対する温かな眼差しを感じ、平安に満たされることでしょう。是非ご覧下さい。

こちらをクリックして下さい。
   ↓ ↓ ↓
「I know that my Savior Loves Me」
(私は救い主が私を愛しておられることを知っています)

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 10:05| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

「自分を大切に」

詩人山崎房一氏の作品の中に、私の大好きな「自分を大切に」という詩があります。私の目標の詩でもあります。とてもすてきな詩ですので皆さんにも紹介します。

「自分を大切に」

自分を大切にする人は
人を大切にします。

自分を粗末にする人は
人を粗末にします。

自分を愛する人は
人を愛することができます。

自分が嫌いな人は
人にグチばかりこぼします。

自分を好きな人は
自分を伸ばします。

聖書にも次のように記されています。

自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」(マタイ22章39節)

自分を真に愛することができる人が、真に人を愛することが出来るようになるのでしょう。自分を大切にし、自分を好きになることは、真に人を愛せる自分になる重要な鍵だと私も思います。

自分の欠点や弱点に、全く目をつぶるというわけではありませんが、もっともっと自分の小さな努力を認め、褒める必要があると思います。自分の長所や良い徳質を認め、もっと褒めましょう。

自分自身を褒め、自分の長所を褒め、自分の努力を褒める人は、自分をもっと好きになります。
自分を好きになれる人は、自分をもっと大切にします。
自分を大切にする人は、よりよい選択をするように努めます。
よりよい選択をする人は、自分に自信が持てるようになります。
自分に自信が持てるようになる人は、さらに自分が好きになり、愛するようになります。
そして、人を真に愛することが出来るようになるのです。

自分自身を、自分の長所を、自分の努力をもっともっと褒め、自分をもっと好きになりましょう。
自分をもっともっと大切にして、自分を愛せるようになりましょう。

真の幸せは、そこから始まると思います。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
お役に立てたらクリックお願いしま〜す!

posted by HappyLifeRealize at 18:11| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。