2012年02月11日

「コスタリカ物語-見出そう My Friend」

愛する子供たちへ

先日の早朝、仕事に出かける前に、私が若い青年たちと一緒に聖典を勉強していた時のことです。ひとりの若者がやってきて一緒に勉強したいと申し出てきました。

喜んで迎え入れ「どうして一緒に聖典を勉強したいの?」と尋ねると「今年、是非専任宣教師としての召しをいただき、多くの人々にこの回復された福音を伝えたいんです」との答えが返ってきました。

彼の澄んだきれいな瞳の奥を覗き込み、そこに純真で固い決意を見、また感じたとき、何とも言えない温かな思いで一杯になりました。彼の心を人々に福音を伝える決意に導いて下さった主に心から感謝しました。

仕事を終えて、夕方その青年のことを思い起こし感慨にふけっていた時、ひとつの物語を思い出しました。彼のように「人々の幸せのために、2年間の時間を主に捧げ、人々にこの回復された福音を伝えたい」と望むある青年に起こった出来事です。私は彼が召された伝道地にちなんでその物語を「コスタリカ物語」と呼んでいます。

「コスタリカ物語」

この物語はアメリカのユタ州で実際にあったお話しです。

専任宣教師として伝道に召された一人の若い青年が、日曜日の聖餐会で立って話をしました。

彼は次のように語りました。

「私は先日、ひとつの夢を見ました。今まで見たことがないような美しいところで、私はひとりの友と座って話をしていたのです。

私たちは二人でこれから行って生まれる地球について話をしていました。すると、ひとりの天使が私たちにのところにやって来て一通の手紙を渡しました。それは私が間もなく地球に生まれるという手紙でした。

私は友にそれを読んでくれるように頼みました。彼はその手紙を開けて読みました。

『あなたはアメリカのユタ州にあるソルトレークという町でこの教会の福音を知った家族の元に生まれるでしょう。あなたはイエス・キリストの真実の福音の中で育てられ、たくさんの家族の愛を受けて、幸せに過ごすことが出来ます。』

私たちは嬉しくなって抱き合いました。すると、また同じ天使が私たちのところにやって来て、今度は私の友に手紙を渡しました。

友も喜んで『じゃあ、今度は僕のを君が読んでくれよ』と言いい、私にその手紙を差し出しました。私はその手紙を開けて読み始めました。

『あなたは南アメリカのコスタリカという貧しい国の家庭に生まれでしょう。あなたの家庭はこの福音を聞いたことがなく、また、貧しい生活の中でたくさんの苦労をして生きていかなければならないでしょう。』

私たちは悲しくなって胸が張り裂けそうでした。友は涙でいっぱいになった私の目をみつめてこう言いました。

『友よ、どうぞ私を見つけに来てください。そして再びこの福音を私に教えて下さい。』

私はこのような夢を見てから、三日後に伝道の召しをいただきました。そして、私の伝道地は、なんと夢に出てきたあのコスタリカでした。私は主が示してくださったその友を必ず見つけます。」

それから一年たったある日曜日、ソルトレークのその同じワード(支部)ではいつものように聖餐会が行われていました。ビショップは立ってこのように話しました。

「みなさんは一年前、ここに立って証をしたひとりの若い宣教師の青年を覚えていますか? 私は、昨夜彼から一通の手紙をもらいました。そこにはたった一行だけこのように書かれていました。I found my friend.(私は友を見つけました)。」


この実話を元にひとりの教会員が、以下のようなすてきな歌を作ってくれました。今では多くの教会員に愛唱されています。今日は、その歌を皆さんにも紹介します。


「見出そう My friend」

1.覚えてる前世に 君と共に住んだ日
  天の父に従い この地に生まれた

  主の召し果たして 主の羊探し     
  教え導き また 天に帰ろう

  友よ私はそこに あなたを見つけに  
  もしめぐりあえば 主の道受け入れて  

  人の値は 天に大いなると知り
  すべてをささげ 見出そう My Friend

2.良きおとずれを世に 響き渡らせたまえ  
  主の僕となりて 今私は召さる

  清き心は待つ 主の声をまつ  
  イエスにより生まれ 天に帰ろう

  友よ私はそこに あなたをみつけに  
  もしめぐりあえば 主の道受け入れて

  人のあたいは 天に大いなると知り  
  すべてを捧げ 見出そう My Friend


「人の価値が神の目に大いなるものであることを覚えておきなさい。見よ、主なるあなたがたの贖い主は、肉体において死を受けた。それによって、すべての人が悔い改めて自分のもとに来ることができるように、主はすべての人の苦を引き受けた。そして、悔い改めを条件として、すべての人を自分のもとに導くことができるように、主は再び死者の中からよみがえったのである。人が悔い改めるとき、主の喜びはいかに大きいことか。」(教義と聖約18章10節)

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 09:35| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

「過去の失敗を顧みず、希望を持って未来へ向かう」

Koushi01.jpg「温故知新」とは、皆さんもご承知のように論語(為政編)の中で孔子が師となる条件として、先人の思想や学問・古典を研究するように述べたものです。

私の大好きな言葉のひとつです。

すなわち歴史や思想、古典など昔の事柄を調べて研究し、そこから新しい知識や見解、そして知恵を得なさいという意味でしょう。

過去を学ぶことによって現在をよりよく生きることができるわけです。そういう意味で過去を顧みることはとても大切だと思います。

ただ、自らの過去のつまずきや失敗にとらわれて、本来の自分らしさを出せず、その内なる可能性をも活かせず、希望を持って前へ進めないとするなら、過去を顧みることはむしろよいこととは言えません。

アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは次のように述べています。

「過去の過ちから役に立つ教訓を引き出すためと、高価な代償を払って得た利益を得るためでない限り、決して過去を顧みるな。」

失敗しない人などこの世に一人もいません。つまずきのない人生なんてこの世にひとつもないのです。大切なのは、どのような心構えを持ち、それにどう対処していくかだと思います。

「世界のホンダ」を築いた本田宗一郎氏(本田技研工業創業者)は次のように述べています。

「私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台作りをしていることになる。私の仕事は失敗の連続であった。」

あの発明王のトーマス・エジソンも、

「私は失望などしない。なぜなら、どんな失敗でも次への前進の新たな一歩となるからだ。」

と語っています。

過去がどうであれ、今日という日は何の染みもない真白な新たな1ページ。私たちの望みと思い次第でどのような色にも染めることができます。

道は必ず開けます!

ロングフェローの次の短い詩をかみしめながら、ゆっくりマイペースで着実に一歩ずつ「前」へ進んでいきましょう!

  過去を顧みるなかれ
  現在を頼め
  さらに雄々しく未来を迎えよ

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 22:40| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 励まし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

「家庭の守り手」

<家庭訪問メッセージ>
2012年2月号『リアホナ』

「家庭の守り手」

ゴードン・B・ヒンクレー大管長(1910−2008年)は1995年の中央扶助協会集会で「家族―世界への宣言」を発表したとき、次のように述べています。「皆さんは家庭の守り手です。子供たちの生みの母です。子供たちを養い育て、生活の習慣を教え込むのは皆さんです。神の息子、娘を養い育てることほど神に近い仕事はありません。」(ゴードン・B・ヒンクレー「世の策略に対抗して立つ」『聖徒の道』1996年1月号,114)

それから17年近くにわたって、この宣言は、わたしたちの最も重要な責任の中心にあるのは家族と家庭を強めることであるということを力強く教えてきました。それはわたしたちが現在どのような状況にあろうと同じです。現在中央扶助協会会長会第二顧問を務めているバーバラ・トンプソンは、ヒンクレー大管長が最初に宣言を読み上げたとき、ソルトレークタバナクルにいました。トンプソン姉妹は次のように回想しています。

「すばらしい集会でした。メッセージの重要性を実感しました。また、そのときこのように考えました。『これは親に対するすばらしい導きであると同時に,大きな責任でもある』と。また、自分は結婚していないし、子供もいないから、自分にあまり関係がないと、一瞬考えました。しかし、すぐに考え直して『でもやはり自分にも関係がある。わたしは家族の一員だ。娘であり、姉であり、おばであり、いとこであり、めいであり、孫娘なのだ。わたしにも責任があり、祝福もある。なぜなら、わたしも家族の一員なのだから。たとえ家族の中で生きているのがわたしだけだとしても、それでも神の家族の一員であり、ほかの家族を強めるのを助ける責任がある』と考えました。」

幸いなことに、わたしたちは自分たちの務めを独りで果たすわけではありません。トンプソン姉妹は次のように述べています。「家族を強めるうえで最も大きな助けになるのが、キリストの教義を知り、それに従い、主に頼って助けを求めることです。」(バーバラ・トンプソン「わたしはあなたを強くし、あなたを助ける」『リアホナ』2007年11月号,117)

詳しくは末日聖徒イエス・キリスト教会公式ホームページをご覧下さい。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 11:33| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月07日

「目標を設定する−ジョン・A・ウィッツォー長老の助言」

この記事は、末日聖徒イエス・キリスト教会公式ホームページの記事の紹介です。

「目標を設定する」

<1世紀以上を経て今も活きるジョン・A・ウイッツォー長老の助言>

毎年多くの人が、前の年より少しでも良くなろうと決心します。ジムに通う回数が増え、新鮮な果物と野菜を買い、聖文研究にもより熱心に取り組みます。しかし、こうして良い目的で始めても、ウォーキングマシーンは止まったままとなり、食べ物は腐り、聖典もほこりをかぶってしまう結果となることがあります。

書き出さない目標はただの望みにすぎないと言われてきました。おそらく計画性に欠けていることが、決心が続かない理由の一つでしょう。毎日の生活にじゃまされるという人もいて、新年の決意がただの思い出となり、失望に終わってしまう人がたくさんいます。しかし、どのような人生を送るかはその人次第であり、イエス・キリストを中心に生活することで、様々なことを達成できるのです。

「人生で幸福を得るためには、清い心と明らかな良心を持ち、主を畏れ、主の戒めを守ることである。そこでわたしは今後の生活を正す意味で次のような実行目標を立てた。創造主であり、全能の御方である主がわたしを助けてくださるようにと願っている。」

これはジョン・A・ウイッツォーが19歳のときに語った言葉です。後に使徒となった彼は、今から100年以上も前に、生涯の指針となる17つの決意をしたためました。これらの決意は、人生を計画し、時間を賢く使おうとする今日のわたしたちにも当てはまります。

ジョン・アンドレアス・ウイッツォーは、ジョン・A・ウイッツォーとアンナ・カリン・ガーデンを両親に1872年にノルウェーで生まれました。1878年、夫と死別したアンナ・ウイッツォーは幼いジョンと生まれて間もないもう一人の息子を連れて、親戚のいるトロンドハイムに移りました。

その地で末日聖徒となったアンナは、1884年に息子たちとともにユタ州ローガンに移り住みます。ジョンは17歳でローガンのブリガム・ヤングカレッジに入学し1891年に卒業しました。その年の1月1日に、ジョンは罫線の入った紙に次のように書いたのです。

「決意:

1.科学の中の科学である宗教に、生涯第一の関心を寄せる。
2.毎日ひそかに神に祈る。
3.毎日神と神の属性について考え、自分も神のようになるよう努力する。
4.どこでどのように与えられるかにかかわりなく、光と知恵と知識を受け入れる。
5.一度正しいと確信したら、その原則、信条、宗教を認めることを決して恥としない。
6.時間を一瞬も無駄にせず、自らを改善するために有効に使う。
7.暴飲暴食をしない。
8.それが人生で残された最後の1時間だとしたら恐らくしないだろうと思えることは、決してしない。
9.毎日神の言葉を読み、神の御心を学び、慰めと力と勇気を得る。
10.純粋で簡潔な真理だけを語る。
11.自分の義務だと思われることや、同胞にとって最も益となることを常に行う。
12.生命のあるかぎり全力を尽くして生活し、生けるしかばねのような生き方はしない。
13.言葉や態度で相手を無理に自分の意見に従わせるようなことをせず、ただ自分の意見と主張を率直に述べるようにする。
14.すぐに腹を立てたり、大声を出したり、いらいらしたりする癖を含め、何であれ、隣人の気分を損ない、自分自身を傷つける振る舞いを改める。
15.母親に対する義務を一瞬たりとも忘れない。現在のわたしがあるのも、将来のわたしがあるのもすべて母親のおかげである。わたしのために人生の大切なひとときを使ってくれた母親に、与え得る限りの愛と誉れと敬意をささげなければならない。同様に、兄弟や友人、同胞に対する義務も忘れないようにする。
16.やり始めた仕事はすべて成し遂げる。また、責任を引き受ける前に、それを行う目的とその結果についてよく考える。
17.出会う人々すべてが自分の兄弟姉妹であることを常に忘れず、隣人の目からちりを取ろうとする前に、自分の目にある梁を探す。」

ウイッツォーが母親に対して義務感を抱いたのも当然のことでした。アンナは自分の地所を担保に借金をし、そのお金で息子をマサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード大学へ通わせたのです。彼は4年の課程を3年で終了し、最優秀の成績で卒業しました。

その後ローガンに帰り、ユタ州農業大学(現ユタ州立大学)の教授の職を得ました。1898年、リア・ユードラ・ダンフォードと結婚し、ドイツに移りました。ゲッティンゲン大学から博士号を取得しました。ウイッツォーは再びローガンに戻り、農業大学で農業研究学部を創設しました。彼が開発した科学乾地農学と灌漑方法は世界中の乾燥地帯で使用されました。

ウイッツォーは1907年から1916年まで農業大学学長を、1916年から1921年まではユタ大学で学長を務めました。1921年にジョン・A・ウイッツォー長老は使徒に聖任され、1952年に亡くなるまで使徒としての務めを果たしました。

晩年、ウイッツォー長老は次のように語っています。「無私の生涯を送り、神と人に仕え、人類がもっと良い人となるように生産的に時間と才能を使うように努力した人、と言ってもらえるようになりたいものです。」

彼の生涯は人々への模範でした。また、その業績は世界中の人々に恩恵をもたらしました。ウイッツォー長老の話がインスティテュート『福音と実りある生活』の教師用テキストに紹介されています。「多くの人は目標を立て、時間を有効に管理することが苦手であると書かれ、より良い生活を送り、よりよく奉仕できるための3つの原則が挙げられています。

1.価値ある目標を設定することにより、生活に指針が与えられる。
2.様々な分野において、目標を設定すべきである。
3.時間を管理することで、生活をコントロールできるようになり、さらに効果的に仕えることができる。

1974年10月の総大会において、当時十二使徒定員会会長だったエズラ・タフト・ベンソン大管長は次のように述べました。

「責任を負うことができるすべての神の子は、目標、すなわち短期目標と長期目標を定める必要があります。適切な目標を達成しようと邁進している人は、落胆の気持ちなどすぐに打ち砕いてしまいます。そして、一つの目標を達成すると、すぐ新しい目標を定め、こうしていつも目標を持ち続けるのです。わたしたちは毎週聖餐を受ける度に、イエス・キリストの名を受け、いつも御子を覚え、また主の戒めを守るという目標に対して決意を新たにします。

聖典には、イエス・キリストが御自分の使命に備えるに当たって、『ますます知恵が加わり、背たけも伸び、そして神と人から愛された』と書かれています(ルカ2:52)。これには霊的、知的、肉体的、社会的な4つの面が関係しています。また主は、『あなたがたはどのような人物であるべきか。まことに、あなたがたに言う。わたしのようでなければならない』と言われました(3ニーファイ27:27)。わたしたちは、主の足跡をたどり、主と同じようにすべての美徳を備え、主を拝し、わたしたちの召しと選びを確かなものにするために励むという生涯の目標を持っています。』

ウイッツォー長老は「永遠の命に導きたまえ」(Lead Me Into Life Eternal)という賛美歌を書いています。その歌詞の中に、長老の神への誓いと、キリストと福音を「生涯の指針とする」決意を見ることができます。

「父よ、わが全霊を汝にささげん。わが働きはすべて汝のものなり。」

2012年を始めるに当たり、「目標とは予想される成果」であることを覚えておくことは大切です。

目標を記したリストと達成する決意を胸に、わたしたちも19歳のウイッツォー長老のように成功するための計画を立てようではありませんか。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 16:25| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

「父の心を変えた幼子の純真さ」

私の友人の一人がある時、少し口げんかが多くなった幼い3人の息子たちに、兄弟が互いに仲良く何でも分かち合い協力できるような良い関係を育んで欲しいと願い、彼らを自分の元に呼んで特に長男にひとつの課題を与えて考えさせ、それから一緒に話し合おうと考えました。

彼は長男に5つのあめ玉を渡し、それを兄弟3人で分けなさい、もちろんどのように分けるかはあなたに任せますと投げかけました。

彼の予想では、長男はまず1個ずつを弟たちに与え、あとの3個を自分のものとするだろうから、それを踏まえて持論を展開するつもりのようでした。

ところが結果は予想と全く違うものとなりました。

その長男は少し考えた後、2人の弟にあめ玉を2個ずつあげて自分は残りの1個を本当に美味しそうに食べたのです。

それを見ていた父親である友人は、非常に感激し、彼の言葉を借りれば「自分の中の何かが非常に強く大きく変わるような感動を覚え、持っていたすべてのお菓子を長男にあげたい」と思ったようです。

しばらくは理性で持ちこたえていましたが、結局は気持ちを押さえ切れず全部のお菓子を長男に渡し、兄弟3人で分けさせました。

危うくこぼれそうになった涙を息子たちに見られないように必死にその場を取り繕いながら……。

もちろんその後の予定していた彼の話もキャンセルです。

友人はとても嬉しそうに次のように言いました。

「今回は息子に全く一本やられ、逆にこちらが学びました。まさに釈迦に説法でした……。」

純真な幼子の思いやりある小さな行為が、いかに人に感化を与えその心を動かす力を持つものであるかを改めて確認できた温かい話でした。主も弟子たちに次のように語りました。

「すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、『よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。』」(マタイ18章2〜4節)

幼子の持つそのような純真さは本当に最高です。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 15:46| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月05日

「幸福で堅固な家庭を築くために」

私の母に福音を伝えて下さった、サム・K・島袋長老が、東京神殿の神殿長をされていた1986年3月末、私は専任宣教師としての召しを終え、東京神殿を訪れました。神殿の廊下で島袋長老にお会いしたとき、わが家に福音とその祝福をもたらして下さったかれへのとても大きな愛と感謝の念に包まれ、彼をしっかり抱きしめて、止めどなく流れる涙で声を震わせながら次のように告げました。

「島袋長老、母に、そしてわが家に、この回復されたイエス・キリストさまの本当にすばらしい福音とそれに伴う溢れるばかりの祝福をもたらして下さり、本当にありがとうございました。島袋長老には、どんなに感謝しても感謝しきれません。私も微力ながら教え頂いたこの福音を多くの方々にお伝えできたことは本当に大きな喜びであり祝福です。それも皆あなたのおかげです。本当に感謝しています。」

彼は、私にとってもう一人の父のような存在です。

その3カ月後、彼の司式によって私の家内敦子姉妹と永遠の伴侶として結び固められたことは、私の人生において最も幸せな、そして決して忘れ得ない出来事となりました。島袋長老は、私たちの結婚を祝し、次のような本当にすばらしいメッセージを下さいました。このメッセージは、わが家の宝物です。そして、それはすべての夫婦に、またこれから神殿結婚をめざすすべての若人たちにも心に刻んでほしいメッセージです。今日は、その特別なメッセージを皆さんにご紹介します。

「幸福で堅固な家庭を築くために」

         サム・K・島袋 長老

「わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台にしているからである。」(マタイ7章24〜25節)

円満で幸福な家庭を築くにはどういうような材料を使うべきか深く考えなければなりません。

まず最初に家庭の土台です。何よりも土台を最も強くしなければなりません。土台を堅固なものにするためには、「イエス・キリストの完全な福音とそれに伴う戒め、教えと儀式(神殿の儀式と聖約を含める)」という材料が必要です。

家を丈夫に支えるために柱が気になります。四本の柱を強くするために次のような材料が必要です。北の柱は「誠心誠意」の材料、南の柱は「尊敬」、東の柱は「忍耐」、そして西の柱は「陽気」の材料で建てるように。

屋根はどうでしょうか。屋根は家全体を雨、雪、風から守る重要な役割を果たすものです。家を厳重にかぶせる屋根の材料は「ふたりの抱いている純情な愛」で造らなければなりません。

次は天井です。天井は「理解」の材料でなければなりません。夫婦の絆を強くするための材料がいつも「理解」であるように。

次は壁です。高級な材料を使ってしっかりとした壁を造ってもらいたいと思います。しっかりとした壁に囲まれていたらいつも安心感を感じて楽しい毎日を過ごせます。

北の壁は「思いやり」の材料で造るように。南の壁は「寛容」の材料、東の壁は「譲り合い」の材料、そして西の壁は「有意義で楽しいコミュケーション」の材料です。

最後に床です。床は年中踏み歩いて使っているので特別な長持ちのする材料で造らなければなりません。床を「信頼」の材料で造れば間違いはありません。床の上をいくら踏み歩いても「信頼」の材料より丈夫で安全なものはありません。以上です。

……ひとつ肝心な事を忘れていました。これらすべての材料は無料です。すなわちお金は要らないのです。

神様の豊かな祝福と導きがお二人の上にありますよう心よりお祈りいたします。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 07:57| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

「あなたは決してひとりではありません」

私の父方の祖父母はもう亡くなりましたが、父を含む8人の子供をもうけました。孫である私と私の子供たちを含めると、現在120人を超える大親族集団となっています。

もしこの割合で行くと、あと3代後には、2人から120人ですから単純に計算すると、7,200人、さらに3代後にはなんと432,000人となります。

もちろん少子化のこのご時世、実際にはもっと少なくなると思いますが……。ただいずれにしても、世代を経るごとに大きな数となることは間違いありません。

同じように先祖を考えますと、4、5代上の私たちに関わる先祖は数千人におよびます。すなわち私たちひとりひとりには、数百から数千人の身近な先祖がいることになります。

私の大好きな詩人の相田みつを氏も次のような詩を残しておられます。


 「父と母で二人 父と母の両親で四人
  そのまた両親で八人

  こうしてかぞえてゆくと
  十代前で千二十四人 二十代前では
  ……なんと百万人を越すんです

  過去無量のいのちのバトンを
  受けついで
  いまここに自分の番を生きている

  それがあなたのいのちです
  それがわたしのいのちです」

         相田 みつを


何千、何万、何十万もの尊い先祖の血をいただいて、今私たちが生きています。

現在恵まれたこの世に生を受け、恵まれた人生を送ることが出来るのも、私たちの前に厳しい時代を立派に生き抜いて下さった先祖のおかげです。

沖縄の人々は、それら先祖の方々の霊は死でもって無に帰するのではなく、すべての先祖の霊がグソー(霊界、次の世)で生きていると信じています。

そしてそのグソーは、私たちのすぐ近くにあるのです。

彼らは私たち子孫の幸福と繁栄を一心に願って、幕の彼方から祈り応援してくれています。

皆さんひとりひとりには何百、何千、何万人もの応援団がついているのです。

2006年3月、ワールド・ベースボール・クラシック第1回大会に日本代表いわゆる王ジャパンが出場し、初代王者に輝いたことはみんなの記憶にもあると思います。お父さんはもう本当に興奮しました。ひとりひとりのプレーはもちろんのこと、特に王ジャパンが最高の勝利を得られるよう心一つに応援した無数の応援者あの必死な祈りにもにた応援にも感動しました。そして思いました。あなたや私を深く愛し、その幸せを願う無数の先祖の方々は、それこそ王ジャパンへ向けられた熱い思い・願い・期待以上の切実さを込めてあなたを応援している、と。

すべての夢が打ち砕かれ、希望の光も完全に消え失せ、もう一歩も前へ進めず、立ち上がることすらかなわないと感じているあなたのために、彼らは深い愛を込めて祈っているのです。

心と霊の耳を澄ませ、みたまを通して幕の彼方から送られるその祈りと応援の声に耳を傾けるならば、あなたに決して敗北はありません。

その応援の声は、神さまや主の励ましと共に、あなたに再び立ち上がり、前へ向かって進み始め、決してあきらめずに幸せをつかむ力を与えてくれるでしょう。

あなたは決してひとりではないのです……。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ「にほんブログ村」
「良かったらクリックお願いしま〜す!」
posted by HappyLifeRealize at 10:05| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 励まし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。