2014年05月08日

「夢七訓」

愛する子供たちへ

ShibusawaEiichi1.jpg 幕末から大正初期にかけての日本の幕臣、官僚、実業家として活躍し、第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父といわれた渋沢栄一氏は、次のように語りました。

「富をなす根源は何かと言えば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。」(「論語と算盤」22頁)

「事柄に対し如何にせば道理にかなうかをまず考え、しかしてその道理にかなったやり方をすれば国家社会の利益となるかを考え、さらにかくすれば自己のためにもなるかと考える。そう考えてみたとき、もしそれが自己のためにはならぬが、道理にもかない、国家社会をも利益するということなら、余は断然自己を捨てて、道理のあるところに従うつもりである。」(「論語と算盤」49頁)

 彼の偉大さの一端を垣間見るすばらしい言葉です。それはまさに福音の教えです。彼はさらに次のような「夢七訓」と呼ばれる名訓を残しました。激動期の日本を心血を注いで支えた偉人の重みある言葉です。言うは易く行うは難しですが、しっかり味わい私たちも実行しましょう。

      「夢七訓」

  夢なき者は、理想なし。
  理想なき者は、信念なし。
  信念なき者は、計画なし。
  計画なき者は、実行なし。
  実行なき者は、成果なし。
  成果なき者は、幸福なし。
  故に 幸福を求める者は、
   夢なかるべからず。

      渋沢栄一

 お父さんの夢は、すべての人が回復されたイエス・キリストの福音を知り、その教えに従って生活することにより、真の幸福と喜びを得ることです。そして最終的に永遠の生命の祝福に与ることです。(おやじより)

 回復されたイエス・キリストの教会に関する説明記事は以下のサイトにあります。是非ご覧下さい!

 回復されたイエス・キリストの教会
 http://blog.goo.ne.jp/happy_life_realize/

 以下のDVDは回復されたイエス・キリストの教会に関して理解を助けてくれます。

「イエス・キリストの福音の回復」


 以下のサイトで、回復されたイエス・キリストの教会について知ることができます。以下の画像もしくはテキストをクリックして下さい。


          <「イエス・キリストの教会の回復」>

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2014年05月07日

「優しい気持ちを持って自分に出来ることを行う」

King01.jpg アメリカのプロテスタントバプティスト派の牧師で、公民権運動の指導者的役割を果たした活動家でもあるキング牧師は次のように語っています。

「人のために何かをすることで誰もが素晴らしい人になれます。大学を出ていなくても、正しい文法で話せなくても人のために何かをすることができます。ただ優しい気持ちがあればいいのです。愛の心があればいいのです。」

 そのように言われると肩の力が抜け、他の人のために自分でも何か役立つことが出来そうに思えてきます。

 偉大な指導者ハワード・W・ハンター大管長もかつて次のように語りました。

HawardWHunter01.jpg「私は、人目を引くことはなくてもほんとうの偉大さを身につけた英雄がたくさんいると信じています。それは、誰かがしなければならないことを人の目のつかないところで黙々と行っている人であり、いつでも自分が必要とされているところで喜んで働く人です。」

ヘレン・ケラー1.jpg 見えない、聞けない、話せないという三重苦を負いながら社会に偉大な貢献をしたヘレンケラーも次のように語っています。

「私はひとりの人間に過ぎませんが、それでもひとりの人間です。私は何でもできるわけではありませんが、それでもできることはあります。私に出来ることは、喜んでやるつもりです。」

 自分に出来る小さくてやさしい事柄を喜んで行う謙虚さを持ち、実際に人知れず行動に移す時、私たちは真の英雄になれると教えています。また、それが真の幸福をつかむ大きな鍵なのかも知れません。優しい心を持って、自分に出来る周りの人々への小さな親切を日々実行できたら本当にすばらしいですね。


posted by HappyLifeRealize at 08:03| 福岡 ☀| 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

「神はあなたの苦難を聖別して、あなたの益としてくださる」

白百合01.jpg 私の中学の頃の先輩に心から尊敬するすてきな女性がおります。

 どのようなときでも笑顔を絶やさず、周りの方々への細やかな心遣いを自然な形で行いに示し続けるとても優しい方です。周りの方々の幸福そうな笑顔が、そしてそれをもたらすべく小さな親切の手を伸べることが、自身の一番の喜びと感じているようです。

 以下の助言を文字通り地で実践している二児のお母さんです。

すみれの花01.jpg「喜びを得るための鍵は、人のために奉仕することです。……自由意志とは、わたしたちが熱心に努め、自らの意志で意義ある奉仕の業を行なうための力です。」(ゴードン・B・ヒンクレー大管長)

 いつも明るい笑顔を振りまく彼女ですが、様々な人生の厳しい憂き目を何度となく味わってきました。口に尽くせない辛い挫折を幾度となく経験してきたのです。でも持ち前の明るさと笑顔を決して失うことなく、その度に失意のどん底から這い上がってきました。

シクラメン01.jpg それらすべてに追い打ちをかけるように2番目の息子がダウン症で生まれたときにもそうでした。

 一時期は、障害を持つ夫と共にお互いに自分自身を責め、すっかり打ちのめされてしまいました。それでも主への祈りの中で顔を上げ、涙を拭いて、笑顔を取り戻し、黙々と奉仕活動に携わっています。2人の息子たちになお一層の愛情を注ぎつつ……。

 十二使徒のデビッド・A・ベドナー長老は次のように語っています。

金木犀01.jpg「主の憐れみはきわめて個人的です。それは主イエス・キリストから、主を通じて、一人一人の必要に応じた祝福、強さ、守り、確信、導き、愛と思いやり、慰め、支え、そして霊的な賜物として注がれます。主だからこそお与えになることができるのです。主はまさに『人の子らの状態に応じて憐れみを施』されます(教義と聖約46:15)。」

「救い主が一人一人のもとに来られる方法の一つは、主の豊かで深い憐れみによります。例えば、皆さんやわたしが人生で問題や試練に直面するときに与えられる信仰という賜物と、そのときに必要な自分の能力を超える自信は、主の深い憐れみを表しています。悔い改めや罪の赦し、良心の平安も、主の深い憐れみの一例です。また、物理的な限界や霊的な困難に直面するときに、忍耐と不屈の精神をもって元気に前進できるのも、主の深い憐れみによるものです。」

 彼女はまさにイエス・キリストの贖いを通じてもたらされる主の恵みに心癒され、主の深い憐れみにより力を得ていらっしゃいます。

 祈ること以外に何ら助けの手を伸べることの出来なかった私の思いは、C・S・ルイスのまさに次の言葉そのものでした。

鈴蘭01.jpg「私は非常な苦しみを受けている人々の中に、魂の大いなる美しさを見た。ほとんどの人々が、日を経るにつれて大きく成長していく。落ちていくのではない。そして遂にその苦しみが最悪の条件の中から不屈の精神、愛と素直な心という宝を生み出すのを見た。」

 彼女の人生は、次の聖句に象徴されます。

「さて、ヤコブよ、わたしはあなたに告げる。あなたは、わたしが荒れ野で艱難に遭っていたときに最初に生まれた子である。見よ、あなたは、……ひどい苦難を味わい、つらい思いをした。しかしながら、荒れ野で最初に生まれたわたしの子ヤコブよ、あなたは神の偉大さを知っている。神はあなたの苦難を聖別して、あなたの益としてくださる。」(モルモン書2ニーファイ2章1〜2節)

 彼女は賢人たちの以下の言葉を骨の髄まで深く理解し、今日も同じように寒さに震える方々へ温かい励ましの手を差し伸べています。寡黙に異物の痛みに長く耐えつつそれを嘆くことなく美しい宝に変えるあの真珠貝のように……。
「真珠貝−異物を美しく貴い宝へ」

「寒さにふるえた者ほど太陽の暖かさを知る。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。」(ホイットマン)

「今日私が目にする最大の奇跡は、病める者の癒しではない。そうではなく、心に悩みを持ち、落胆し、取り乱し、挫折し、そしてその挫折する一歩手前にある人々への助けである。」(ハロルド・B・リー大管長)

 頭で理解していても、同じように行動するのは私たち凡人には簡単なことではありません。自分の至らなさや不甲斐なさに心沈むことしばしばです。

 でも差し伸べる温かい手をもっている人がこの世の中にいると知ることは、本当に大きな慰めとなり励みになります。(おやじより)

「神はあなたの苦難を聖別して、あなたの益としてくださる。」
(モルモン書2ニーファイ2章1〜2節)

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2012年02月25日

「右の頬 打たれば左 頬を出し 耐えて赦せよ オジーの教え」

私の母方の祖父は新垣徳唐といい、沖縄県の中部中城村で父新垣徳眞と母カマの長男として生まれました。明治十二年二月のことです。

とても聡明で、心優しい穏やかな性格の上、手先が非常に器用で、あらゆる生活の道具を独自に考案し作り上げるという独創的なおじいちゃんでした。

二十四歳の時、呉屋カミと結婚し、その後四男一女に恵まれますが、悲しいことに三男を四カ月の頃に病気でなくし、続いて次男を二歳六カ月の時、長男を十五歳、四男を三十三歳の時に病気で亡くします。なんと結婚後南米へ移民した一人娘の長女をも病気で失ってしまいます。

そして、さらには最愛の妻カミおばあちゃんも、四男の出産が原因で病気になり、徳唐おじいちゃんが二十八歳の時亡くなってしまいます。

まさに地獄の苦しみです。

でも徳唐おじいちゃんは、決して自暴自棄になることなく、誠実に働き子供たちを必死に養いました。

徳唐おじいちゃんが三十九歳の時、宮里ウサおばあちゃんと再婚します。私の母の母、すなわち私の実祖母です。その後四男二女に恵まれました。その最初の女の子が私の母です。

過去の苦しみを忘れ、幸せをかみしめるひと時が訪れました。徳唐おじいちゃんは、八男三女、十一人の子供に恵まれたことになります。

しかしながらその幸福な時もつかの間、やがてその幸せに満ちた笑い声も軍歌・軍靴の音にかき消されてしまいます。沖縄を吹き荒れた戦争の惨禍、鉄の暴風により、さらに四人の子供たちと共に自らの命も失ってしまいました。十一人の子供たちの中、実に六人の子供の死を看取らなければならない、本当に狂おしいまでに悲しくつらい人生です。

でも、そのような耐え難い悲しみに打ちのめされながらも、徳唐おじいちゃんが、常に私の母に諭し教えていた事柄の中に、次のような教えがあります。

「人は、右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出すようでなければなりませんよ。」

「これからの時代は、三本の指で生活ができるような時代になります。どのような状況でも、熱心に勉強しなさい。」

徳唐おじいちゃんは、クリスチャンではありませんでしたし、聖書を持っていたわけでもありません。ただ、聖書の中で教えられているひとつの教えを自らの信念として、生活の中で実践していました。

六人の子供を失うという耐え難い試練に会いながらも、天を恨むでもなく、悲しみや苦しみに耐えつつ、自らの心を磨き、人を赦し愛することと熱心に学問に励むことの大切さを子供たちに教え諭しました。

徳唐おじいちゃんは、試練や苦難・悲しみが、決して人をつまずかせるものではなく、それを受け入れ、耐え、乗り越えるべく最善の努力をする人を精錬するものであることを自らの生きざまを通して教えてくれました。

そんな徳唐おじいちゃんを、私は心から尊敬し、誇りに思っています。

真理を真心込めて実践する人は、どのような宗教どのような宗派にいても、神がその恵みの御手を控えることはないと確信しています。もちろん、完全な救いを得るには、完全な福音の真理に従う必要があります。幸いなことに、福音を聞く機会なくしてこの世を去った方々には必ずそのような機会が与えられるのです。完全に公平な神さまは、深い慈愛を持って道を備えて下さっておられます。

「右の頬 打たれば左 頬を出し 耐えて赦せよ オジーの教え」

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2012年02月15日

「老夫婦のほほえましい絆−主なる私はあなたの右手をとって助ける」

愛する子供たちへ

私が幼い頃の実家の前には、美しい一本松のある泉の方向に向かって緩やかな長い坂がありました。

カトリック系教会のハイビスカスでできた垣根のそばを南に伸びる、緑に囲まれたとても風情のある坂でした。私たちにとって幼い頃のたくさんの思い出が詰まった本当に懐かしい、郷愁を感じさせる特別な坂道です。

ある暑い夏の日の午後の光景が目に浮かびます。

当時では珍しい白い半袖のワイシャツに棒ネクタイ、薄いグレーのズボンにシルクハットのような帽子をかぶったおじいちゃんとハワイのムームーにも似た沖縄独特の生地柄でできたワンピースの服に身を包み、沖縄ではカンプーと呼んでいますが、白髪を丸く結い上げたかわいいおばあちゃんが、二人とも杖をつきながら坂道をゆっくりと登っていきます。

アスファルトのまだ敷かれていないでこぼこ道は、夏の午後の日差しに真っ白に輝き、目も開けられないほどの照り返しです。

所々木々や特に枝を張ったリュウキュウマツの枝で涼しげな木陰も点在するその坂は、頂上手前で急に険しくなります。

そこにさしかかる頃、おじいちゃんはおもむろに右手の杖を左手に持ち替え、右手でおばあちゃんの左手を取り優しく引き始めました。

互いに手を取り、互いを気遣い合いながらゆっくり登っていく様子は本当にほほえましく、幼い私たちの心にとてもさわやかな印象を残しました。

大きくなって結婚して、どんなに年を取ってもあのおじいちゃんおばあちゃんのように仲のよい夫婦になれたらいいな、と思いました。

主はイザヤ書で次のように語っています。

「あなたの神、主なるわたしはあなたの右の手をとって あなたに言う、『恐れてはならない、わたしはあなたを助ける。』」(イザヤ書41章13節)

「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」(イザヤ書41章10節)

あの優しいおじいちゃんのように、主はどのようなときでも私たちの右手を取り、支え助けて下さいます。私たちが主と交わした聖約に忠実である限り、人生のどのような険しい坂道にあっても、優しく右手を取り、勝利を得させて下さいます。そのことは真実です。(おやじより)

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2012年02月13日

「神から賜った嗣業−子供は育つ環境から学ぶ」

我が家には恵まれて6人の子供たちがいます。子だくさんで知られる沖縄でも、8人家族は最近ではちょっと珍しい家族です。今年理学療法士として病院勤務が始まった長男を筆頭に、下は中2の娘を含めて、4男2女です。

長男は勤務する病院の近くにアパートを借りて自活し、長女は現在東北で伝道活動に勤しんでいるため、現在は6人ですが、それまでは毎日が本当に騒がしいすったもんだの日々でした。

子供たちがまだまだ幼くて手がかかった頃、すなわち私たち夫婦が「よちよち歩きの親」を始め、子育てに悪戦苦闘していた頃、熟年を迎えたある尊敬する先輩夫婦から一編の詩をプレゼントしていただきました。

とても含蓄の深い詩で、新米夫婦の私たちにとって本当に参考になりました。ドロシー・ロー・ノウルティーの「子供は育つ環境から学ぶ」です。紹介します。

  中傷の中で育つ子供は、非難することを学ぶ。
  敵意の中で育つ子供は、争うことを学ぶ。
  あざけりの中で育つ子供は、恥じることを学ぶ。
  恥辱の中で育つ子供は、罪悪感を持つことを学ぶ。

  寛容の中で育つ子供は、忍耐することを学ぶ。
  励ましの中で育つ子供は、自信を持つことを学ぶ。
  賞賛の中で育つ子供は、感謝することを学ぶ。
  公正の中で育つ子供は、正義を行うことを学ぶ。
  安らぎの中で育つ子供は、信仰を持つことを学ぶ。
  賛同の中で育つ子供は、自分を愛することを学ぶ。
  容認と友情の中で育つ子供は、世の中に愛を見いだすことを学ぶ。


この詩は、それ以来私たち夫婦の子育ての指針になりました。
あれからやがて20年になりなんとする今でさえ、まだまだうまくできてはいませんが……。^^;

子育ては悩みの尽きない一大事業です。しかし、同時に世の中で最もやりがいのある仕事かもしれません。そしてそれは神様から与えられた神聖な務めでもあります。聖書にも「子供たちは神から賜わった嗣業であり」(詩篇127:3)とあります。子供たちは自らの所有物ではなく、愛と模範と真理によって養い育み、神の御許へ帰る備えができるよう助けを与えるために神様から託された神の息子娘です。それゆえ、父親と母親の責任は重大です。

現代の預言者たちは、特に父親へ向けて次のように語っています。

「さて父親の皆さん、皆さんに覚えていただきたい。主の仕事の中で最も大切なのは、あなたの家の囲いの中で行う仕事である。ホームティーチング、監督の仕事、その他の教会にかかわるすべての仕事はもちろん大切である。しかし、最も重要な仕事はあなたの家庭の囲いの中にあるのである。」(ハロルド・B・リー大管長「堅固な家庭」1973年 パンフレット P.7)

「兄弟、あなたのなす最も大切な主の仕事は、あなた自身の家庭の囲いの中にあることに気づきませんか。それこそ最も大切な主の仕事なのです。価値観をはき違えてはいけません。」(ハロルド・B・リー大管長「あなた方は世の光である」)

「神の計画では、すべての人に父親が与えられ、父親の責任は単に生活の必需品を与えるだけでなく、この世と永遠にわたって訓練を施すことである。サラは明らかにリーハイを助けていた。しかし、家族を集めて、正義の道を歩むように教えたのは父親であった。」(スペンサー・W・キンボール大管長「大会報告」1965年4月 P.61)

「これらを専門家に任せず、あなた自身の説伏と模範により、炉端で子供に教えなさい。あなたが真理の専門家になりなさい。集会、学校、組織を単なる指導教師ではなく、自分のものとし、それらを家庭における私たちの教えと訓練を補うものとしなさい。」(ジョセフ・F・スミス大管長「福音の教義」P.292)

神様から与えられた父親としての管理の職の重要性を今一度新たにするすばらしいメッセージです。父親と母親は、「神聖な行く末を内に秘めている神の息子娘を神様から預かり、今養い育んでいる」との認識をしっかりと持ちつつ日々子供たちに向かい合う必要があるのでしょう。ゲーテも次のように語っています。

「もし人があるがままに扱うなら、その人はそのとおりになるだろう。しかし、その人があるべき姿、なりうる姿を思い浮かべてそのように扱うなら、扱われたとおりの人物になるだろう。」(ゲーテ)

上記のすばらしい提言をしっかり心に留めて、これからも頑張りたいと思います。

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2012年02月12日

「人の心を慰め癒す一生懸命咲く花々」

愛する子供たちへ

私は花が大好きです。物覚えが悪いので名前はなかなか覚えられないのですが、すべての花が大好きです。

花屋さんで華やいでいるポピュラーな花ばかりではなく、野菜や果物、雑草なんかの花も最高です。(本当は雑草という草花はありませんね。正確には田畑や荒れ地に咲く草花…かな? いずれにしても雑草と呼んでごめんなさい。)

わが家の庭でも、季節ごとに咲くたくさんの花が見られます。

さつまいもの薄紫色の花、ニラの真っ白い可憐な花、かわいい黄色の菜の花、ジャガイモの真ん中黄色に薄紫花びら、しそのほんのり紫がかった白い花、大根の清楚な白い花、ゴーヤ・キュウリ、トマトの鮮やかな黄色い花……などなど数えたらきりがありません。

庭や道ばたの草花も、よくよく見ると本当にきれいな花を咲かせて私たちの心を和ませてくれます。

そんな花たちを見るとつい小さな声で、「みんな一生懸命咲いてるね〜。とてもきれいだなあ。風が強いけど頑張ってよ〜。」と話しかけてしまいます。

時々不覚にも、花に声掛けしているその現場を通りがかりのオジーやオバーに見つかって、とてもばつの悪い思いをします。顔から火が出そうなときもありました。(^^;) でも、そんな時のオジー・オバーの目は、

「ウンチュヤ ウヒグヮー フリトーッサー(この人は少し頭がおかしいさ〜。)」

という目…ではなく、しわくちゃの笑顔の奥にあるとても温かな優しい目です。これもまた花にも劣らず私の心を和ませ、安心させ、癒してくれます。だから私はオジーもオバーも大好きです。

仕事で疲れたとき、落ち込んでいるとき、気分が悪いとき、難しい問題で頭が疲れたとき、毎朝毎夕必ず庭へ向かいます。そして花たちと会話するのです。10分ほどで心も頭も身体まですっきりします。まるで、心ときめく恋人(結婚前の家内)に会ってきたような気持ちです。(笑)

「あなたは私の顔を見つめるのより、花を見つめる時間の方がはるかに長いわね。」最近はよく家内に皮肉られます。

そんなときは、その場の空気が和らぐよう「いや〜花たちを見てると結婚前のデートのときのあの心のときめきを思い出すからね〜。」とニコニコしながら、歯が浮くようなジョークを返すことにしています。だいたいま〜るく収まります。


花たちは本当に一生懸命咲いています。道ばたのどんな厳しい環境でもその花なりに、精一杯生きています。だからこそ美しいのでしょう。だからこそ心惹かれ、心が癒されるのでしょう。元気を一杯もらい、心が和み改まります。そして、また頑張れるのです。

花たちは、エドワード・エベレット・ヘール氏が語った次の言葉の意味するところを、本当によく知っているのかも知れません。

 「私にはひとり分の力しかありませんが、
  ひとり分の力にはなれます。

  私にはすべてのことはできませんが、
  何かをすることはできます。

  すべてのことができないからといって、
  何かをすることまでやめてはいけません。」

名もない道端の花のように、上記のような生き方ができれば本当に素晴らしいと思います。

明日もまた、通行人のオジーやオバーたちに悟られないように花たちと会話しよっと……。

皆さんも始めてみませんか。心癒され、幸せになること請け合いますよ。

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