2014年05月07日

「優しい気持ちを持って自分に出来ることを行う」

King01.jpg アメリカのプロテスタントバプティスト派の牧師で、公民権運動の指導者的役割を果たした活動家でもあるキング牧師は次のように語っています。

「人のために何かをすることで誰もが素晴らしい人になれます。大学を出ていなくても、正しい文法で話せなくても人のために何かをすることができます。ただ優しい気持ちがあればいいのです。愛の心があればいいのです。」

 そのように言われると肩の力が抜け、他の人のために自分でも何か役立つことが出来そうに思えてきます。

 偉大な指導者ハワード・W・ハンター大管長もかつて次のように語りました。

HawardWHunter01.jpg「私は、人目を引くことはなくてもほんとうの偉大さを身につけた英雄がたくさんいると信じています。それは、誰かがしなければならないことを人の目のつかないところで黙々と行っている人であり、いつでも自分が必要とされているところで喜んで働く人です。」

ヘレン・ケラー1.jpg 見えない、聞けない、話せないという三重苦を負いながら社会に偉大な貢献をしたヘレンケラーも次のように語っています。

「私はひとりの人間に過ぎませんが、それでもひとりの人間です。私は何でもできるわけではありませんが、それでもできることはあります。私に出来ることは、喜んでやるつもりです。」

 自分に出来る小さくてやさしい事柄を喜んで行う謙虚さを持ち、実際に人知れず行動に移す時、私たちは真の英雄になれると教えています。また、それが真の幸福をつかむ大きな鍵なのかも知れません。優しい心を持って、自分に出来る周りの人々への小さな親切を日々実行できたら本当にすばらしいですね。


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2011年12月23日

「他人の幸福を願い行動する」

MasakiK01.jpg工学博士であり、発明家でもある政木和三氏は、次のように語っています。

「人間の修行とは、他人に幸福を与えることである。」

1,000もの発明品を世に送りながら、特許権を無償で公開し、世の人の利便のために大いに貢献したNakamuraTenpu01.jpg人の含蓄のある言葉です。また、肺結核を自ら克服し、実業界や各界にすばらしい人材を送り出した仲村天風氏も次のように語っています。

「自分の成功や幸福のことよりも、他人の成功や幸福を願い、かつそれに向けてまい進していけば、いつの間にか、自分も成功と幸福を掌中におさめることが出来るのです。」

イギリスの英雄ウィンストン・チャーチル首相も次のように諭しています。

WinstonChurchill02.jpg「人は得るもので生計を立て、与えるもので人生を築く。」

私たちの幸福は、周りの人の幸福のためにいかに尽くしたかによって築かれそうです。わが家のモットーは「一日一善」です。どんなに小さなことでも助けを必要としている他の人のために何かを行うよう共にチャレンジしています。何も出来ないときは、精一杯の笑顔や「ありがとう」の言葉だけでも良しとしています。

肩の力を抜きつつ「一日一善」をいつも心に留めて実践しましょう。そして幸せになりましょう。

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2011年12月07日

「最も大切な奉仕の機会は、最も都合の悪い時にやってくる」

ディーター・F・ウークトドルフ管長2..jpgディーター・F・ウークトドルフ氏は、次のように語っています。

「救い主には、生涯を通じて、御自身のための時間はほとんどありませんでした。きっと疲労と心労をしばしば感じられたことでしょう。それでも時間をかけて、病気の人、悲しんでいる人、見捨てられた人の世話をされました。」(2008年11月号『リアホナ』)

healing blind man01.jpgある指導者は「最も大切な奉仕は、最も都合の悪い時にやってくる」とおっしゃいました。

ウークトドルフ氏がおっしゃるように、イエス・キリストはどのような都合の悪い時にも、人々の必要を満たすために自らの必要をわきにおいて全身全霊を込めて、立ち働かれました。

私自身もそうですが、二つの仕事を抱えていたとき、多くの奉仕のチャレンジが来る中で厳しい選択を迫られる時がよくありました。そして時には自らの「良心」の声に応えられないで、しょげてしまうこともありました。もちろん今でもそうです。でも、常にキリストの模範に心を向け、自らに語りかける「良心」の声に耳を傾けつつそれを心に留めて、同じように行えるよう努めたいと切に願っています。

「疲労と心労をしばしば感じ」ながらも「病気の人、悲しんでいる人、見捨てられた人の世話を」すること、これは私のような凡人にとってはとてつもなく大きなチャレンジですが、少しでも実行できるよう頑張りたいと思っています。

聖書には次のように記されています。「 主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。」(Tヨハネ3章16節)

今の私たちが、兄弟や友のために命を捨てることは通常では考えられないことかもしれません。

ただ、「兄弟のためにいのちを捨てる」=「最も都合の悪い時にやってくる奉仕の機会に応える」と考えると、簡単ではないにしても、不可能でもなさそうです。

それはもしかしたら今の世が抱える様々な霊的な病を克服する、最も良い解決の鍵なのかもしれません。

Volunteer01.jpg今回の東日本大震災に際して、何十万人もの方々や特に若人たちが、被災者の方々の悲しみや心の痛みを自らの悲しみ、痛みとしてボランティア活動に携わりました。

本当に感銘を受けました。そのような方々がいる限り、日本は大きな再生と変革、大きな成長の十分な可能性と力を内に秘めているのだと確信しました。

彼らはまさに、「疲労と心労をしばしば感じ」ながらも「病気の人、悲しんでいる人、見捨てられた人の世話を」真心込めて行ったのです。


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2011年11月15日

「人の心に希望の灯をともす」


HinoharaShigeaki01.jpg私の前職の会社ニッセイ同和損保の本社は、東京築地にありますが、その目と鼻の先に聖路加国際病院というのがあります。キリスト教聖公会系の病院です。

その名誉院長および理事長は日野原重明氏という方でが、その彼が次のように語りました。

「愛とは、誰かの心に、希望の灯をともすことです。」(“Love is what lights a lamp of hope in someone's heart.”)

とてもすばらしい教えです。

「希望の灯をともす」ためには必ずしも大きなことをする必要はありません。自分にできる小さくて簡単なことをまごころ込めて行うことです。

会う人ごとに微笑みを投げかけたり、親切にその必要を満たしたり、電話をしたり、手紙を書いたり、話を聞いてあげたり、優しい言葉をかけてあげたり、質問に丁寧に答えたり……とにかく相手が「自分は愛されていて、大切にされている」という気持ちを感じられるように手を差し伸べることです。

ヘレン・ケラー1.jpgヘレンケラーは次のように語っています。

「私はすばらしく尊い仕事をしたいと心から思っている。でも私がやらなければならないのは、ちっぽけな仕事をもすばらしくて尊い仕事と同じように立派にやり遂げることなのだ。」

人々の心に「希望の灯をともす」ため、小さくてやさしい事柄を「すばらしくて尊い仕事と同じように立派にやり遂げる」という心をもって行うなら、人の心が満たされ、癒され、変わるという大きな奇跡が多く起こることでしょう。

そのような奇跡を起こせる人になりたいと思います。

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2011年11月01日

「優しい気持ちを持って出来ることを行う」


King01.jpgアメリカのプロテスタントバプティスト派の牧師で、公民権運動の指導者的役割を果たした活動家でもあるキング牧師は次のように語っています。

「人のために何かをすることで誰もが素晴らしい人になれます。大学を出ていなくても、正しい文法で話せなくても人のために何かをすることができます。ただ優しい気持ちがあればいいのです。愛の心があればいいのです。」

そのように言われると肩の力が抜け、他の人のために自分でも何か役立つことが出来そうに思えてきます。

HawardWHunter01.jpg偉大な指導者ハワード・W・ハンターもかつて次のように語りました。

「私は、人目を引くことはなくてもほんとうの偉大さを身につけた英雄がたくさんいると信じています。それは、誰かがしなければならないことを人の目のつかないところで黙々と行っている人であり、いつでも自分が必要とされているところで喜んで働く人です。」

見えない、聞けない、話せないという三重苦を負いながら社会に偉大な貢献をしたヘレンケラーも次のように語っています。

ヘレン・ケラー1.jpg「私はひとりの人間に過ぎませんが、それでもひとりの人間です。私は何でもできるわけではありませんが、それでもできることはあります。私に出来ることは、喜んでやるつもりです。」

自分に出来る小さくてやさしい事柄を喜んで行う謙虚さを持ち、実際に人知れず行動に移す時、私たちは真の英雄になれると教えています。また、それが真の幸福をつかむ大きな鍵なのかも知れません。

優しい心を持って、自分に出来る周りの人々への小さな親切を日々実行しましょう。

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2011年10月31日

「私が少年の頃に学んだ教訓」

GordpmBHinckley1.jpgこのサイトの右サイドバーに「私が少年の頃に学んだ教訓」と題するゴードン・B・ヒンクレーの動画があります。

英語ですが、思いやりや奉仕の大切さを説いた本当に素晴らしい動画です。

先日このブログでも紹介しましたが、内容をより良く理解し、感動を深められるように以下に和訳を準備しました。是非読まれ、また動画をご覧下さい。

記事の下には少し大きめの動画画面も準備しました。

私は何度も観て涙し、その度に末の娘に笑われています。


「ある少年が、自分より年少の友人と畑の中の道を歩いていました。すると、道端に着古した上着と履き古した男物の靴を見つけました。持ち主が遠くの畑で働いているのが見えました。

年下の方の少年が、その靴を隠して持ち主が戻ってきた時の困った表情を陰から見て楽しもうと提案しました。年上の少年は……そんな遊びは良くないと感じました。持ち主はきっと非常に貧しい人に違いないからというのがその理由でした。

そこでふたりは相談しました。そして年上の少年の案を取って、別な実験をすることにしたのです。靴を隠す代わりに、靴の両方に1ドル銀貨を1枚ずつ入れておき、お金を見つけた時の持ち主の反応を見ることにしたのです。ふたりはそれを実行に移しました。

間もなく男は畑から戻って来ると、上着を着て片足を靴に入れました。足に固いものを感じて見てみると、銀貨です。不思議と驚きの入り交じった表情が顔に〔浮かびました。〕何度も何度も銀貨を見つめ、だれもいない辺りを見渡しました。

そして、もう片方の靴を履こうとしました。驚いたことにもう1枚銀貨があるではありませんか。彼は込み上げる感情を抑えることができませんでした。

……ひざまずいて声を上げて感謝の祈りを捧げたのです。病に苦しむ妻のこと、飢えた子供たちのこと……。だれとも知らない人からの善意の贈り物に対して熱烈に主に感謝し、この助けを与えてくれた人に天の祝福を願ったのです。

少年たちは、男の人が行ってしまうまで〔隠れていました。〕」ふたりはその祈りに感動して胸に温かいものを感じました。

……ふたりが道を歩き始めた時、ひとりがもうひとりの少年にこう言ったそうです。「いい気持ちだね。」

(ブライアント・S・ヒンクレー「パンのみにてあらず」p.95)


世の中がこの少年たちのような人々で満ちたら、本当にすばらしい世の中になることでしょう。


「私が少年の頃に学んだ教訓」−ゴードン・B・ヒンクレー






タグ:奉仕
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2011年10月30日

「光の路」


ボーイスカウト1.jpg昨日の「泥足のままで−素晴らしいボランティア精神」および「凡事徹底」を記す中で、一つのエピソードを思い出しました。今日はそれを紹介したいと思います。

1999年宜野湾第2団がボーイスカウト沖縄県連盟に正式に登録した年の4月、私は団を代表して初めて県連総会に出席しました。

聞くもの見るものほとんどが初めての上に多少の緊張も手伝って、恥ずかしい話ですが、語られ話されたことの多くを思い出せません。

しかしながら、10数年を経た今でも思い起こすたびに感動を新たにするとても貴重な体験をさせていただきました。

それは、総会の閉会に際して全員で「光の路」を斉唱した時のことです。

歌詞の一言一言をかみしめながら、老いも若きも熱唱するその歌声に耳を傾ける中、頭の先からつま先に至るまで鳥肌を伴うほどの衝撃と温かな感動に包まれました。

「光の路」の底に流れるボーイスカウトの精神に触れるだけでなく、「そこに集うおひとりおひとりはそのスカウト精神や自らの信念、理想、そして歌詞の中でいう『心の光』に忠実につき従おうと日々熱心に努めていらっしゃる方々だ」と強く感じたためです。

「私もその模範に習い従いたい」と強く願いました。

その感動が冷めやらぬ内に、私は心に思い浮かぶままに一つの詞を記し、心が赴くままに曲を作りました。「光の路歩もう」と題する曲です。

この曲は、後に宜野湾第2団団歌として採用され、みんなに愛唱されました。

この「光の路歩もう」の曲には、そのスカウト精神と模範に習い踏み進もうとの決意が込められています。また、その決意を表すに当たり、歌詞に次のスカウトの3つのちかいを掲げました。

「私は、名誉にかけて、次の3条の実行をちかいます。
神と国とに誠を尽くし、おきてを守ります。
いつも他の人々をたすけます。
からだを強くし、心をすこやかに、徳を養います。」

「ちかい」という言葉は、旧仮名遣いの時代に「ちかひ」と表記されていました。その「ちかひ」の「ひ」は、古語で霊(たましい)を意味します。すなわち「ちかひ」は単なる約束でもかりそめのものでもなく、自らの霊に実行を誓うより厳粛なものであるようです。

この歌を何度も口ずさみつつ、この歌の底に流れるスカウト精神と「ちかい」の真に目指すところとを自分のものとし、先人・先輩の模範に静かにそして力強く、また喜びをもって従えるよう常に自然体で頑張りたいと思います。

以下に、私の大好きなボースカウトソング「光の路」および私が作詞作曲した宜野湾第2団の団歌「光の路歩もう」を紹介します。

「光の路」

堀内 敬三 作詞
マーチン 作曲

1.大空をわたる日の 光は清く
  心地よきかがやきに やみはうせゆく
  光の路を ふみゆく われら
  とこしえに保たん 明るき心

2.いつわりも おこたりも いやしきよくも
  打ちやぶり きよむるは 心の光
  光の路を ふみゆく われら
  とこしえに保たん 明るき心

「光の路歩もう」(ボーイスカウト宜野湾第2団団歌)

1.幼いころから 心身きたえ
  徳をやしなう われらスカウト
  正義を選び  ともに歩もう 光の路を
  宜野湾第2団 備えの道 進む

2.若いときから 心をさだめ
  隣人(ひと)に仕える われらスカウト
  やさしい心で ともに歩もう 光の路を
  宜野湾第2団 奉仕の道 進む

3.神と国とに  誠をつくし
  おきてを守る われらスカウト
  つよい心で  ともに歩もう 光の路を
  宜野湾第2団 真理の道 進む


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2011年10月29日

「泥足のままで−素晴らしいボランティア精神」


volunteer01.jpg今年3月11日(金)に発生した東日本大震災は、日本における観測史上最大の規模、マグニチュード (Mw) 9.0を記録し、死者・行方不明者は約2万人、建築物の全壊・半壊は合わせて27万戸以上という未曾有の被害を出しました。

犠牲者の方々のご冥福を心から祈ると共に一日も早い復興とおひとりおひとりの生活の安定および心の平安を心からお祈り申し上げます。

今回の震災で、同胞の痛みを自らの痛みとして、少しでもそれを軽減できるように一生懸命立ち働いたボランティアの方々の数は、岩手県、宮城県、福島県3県において10月11日現在で80万人を超えました。

それぞれの地域にあって支援物資を送った方々を含めると数え切れない数になります。人知れず奉仕に加わった多くの方々の温かな支援の心と手にも心から感銘を覚えました。

平成7年1月17日未明に発生した阪神・淡路大震災も、5千人以上の人命を奪ってしまいましたが、その際被災者の救出のため、また彼らを物心両面で支えるために、130万人のボランティアが全国から集まったと言われています。日本は若者たちも含め、本当にすばらしい心を持った方々が大勢いる素晴らしい国だと改めて実感しました。

さて、同胞の痛みを自らの痛みとして、懸命に立ち働いたボランティアの方々、その彼らが日々口ずさんでいた詩があるそうです。

それは「泥足のままで」という短い詩です。とても考えさせられるいい詩です。以下に紹介します。

「泥足のままで」
嫌なことを聞いたら、その「耳」を洗え
嫌なものを見たら、その「瞳」を洗え
卑しい思いが湧いたら、その「心」を洗え
そして、足は 泥足のままで 泥足のままで生きてゆけ

奉仕に携わる際の私たちの心が、思いやりに満ちた清く汚れない純粋なものであるように、また人の痛みを共に負い助けたいとの思いが大きな動機となって、疲れを知らずにどこまでも突き進み、手を差し伸べる手に強さを加えるものであるようにとやさしく教えてくれます。

本当に素晴らしいいい詩です。本当に感銘を受けました。

私も、彼らの優しい心に支えられた強い精神、真のボランティア精神を心から倣いたいと思いました。

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2011年10月24日

「人に心から仕え、与える」

アルバート・シュバイツァー1.jpgフランスの神学者・哲学者・医者で1952年ノーベル平和賞を受賞したアルバート・シュバイツァー博士という方がいます。

30歳の時、医療と伝道に生きることを志し、アフリカの赤道直下の国ガボンのランバレネにおいて、生涯を原住民への医療などに捧げました。

「生命への畏敬」の哲学などでも知られ、世界平和にも貢献。「密林の聖者」とまで呼ばれています。その彼が次のような語りました。

「本当に幸せになる人は、どのようにして奉仕するかを探し求め、そしてそれを発見した人だけだ。われわれは何かを得る事によって生活しているが、人生は与えることによって豊になる。」

ロバート・キヨサキ1.jpg『金持ち父さん、貧乏父さん』の著者、ロバート・キヨサキも次のように語っています。

「金持ち父さんが教えてくれた事で、私がこれまでモットーとしてきたことの一つは、出し惜しみをしないこと、与える事だ。

この本で読んだ他の事はみな忘れたとしても、絶対忘れないで欲しい事が一つある。

それは、何かが足りないとか何かが必要だと感じた時には、まず、それを人に与える事だ。

そうすれば後になって、二倍にも三倍にもなって返ってくる。

この事はお金、ほほえみ、愛情、友情などいろいろな事に当てはまる。

私はこれまでずっと、お金が足りなくなったり、何か助けが必要になったりした時には、いつも自分が欲しいと思っているものをまず人にあげるようにしてきた。

そんなふうにして何かをあげると、必ずそれが戻ってきた。」

人生で幸せになる鍵は「人に心から仕え、与えること」のようです。

私たち凡人には、他人のために何か大きなことをなすというのはなかなか出来ることではありません。

でも、ほほえみや心からのあいさつ、バスや電車の中で席を譲ることなど、小さな親切なら何とかなりそうです。

私は、一日の終わりに子供たち一人一人に「今日一日、他の人のために何か良いことした?」と質問することにしています。

質問されると、子供たちは各々少し気恥ずかしそうに自らの経験を答えます。

どんな小さなことに対しても「よくやったね!その調子で明日も頑張ろうね。」と褒めます。

凡人でも毎日の小さな積み重ねが、大きな成果、幸福へと繋がると信じています。


今日の記事に関連して、とても心温まる感動の動画を見つけました。

ゴードン・B・ヒンクレーの「少年の頃に学んだ教訓」です。英語ですが、誰でもそのメッセージを理解し、感動します。是非観て下さい。

「私が少年の頃に学んだ教訓」−ゴードン・B・ヒンクレー



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2007年11月04日

心からの信頼と相互扶助に根ざした「ゆいまーる」


akabana02.jpg中世に建てられたゴシック様式の教会は、以下のように非常に興味深い方法で建てられたようです。

まず、始めに石切り場が選ばれます。

普通、教会建設予定地から80キロメートル前後離れた場所が多かったようです。

それには、特別な理由があります。

まず工事が始まると、付近の住民たちが一列に並び、石切り場から建設現場まで数十キロメートルにおよぶ人の鎖を作ります。

切り出された石は、人の手から人の手へと手渡され、建設現場まで運ばれるというのです。

多くの人の参加と協力の大切さを学ぶ、本当にすばらしい話です。


沖縄にも協力関係の大切さを謳う「ゆいまーる」という言葉があります。

「ゆいまーる」は「結(ゆ)い」を意味する沖縄の方言です。

「ゆい」は、結い=結合=共同=協働、「まーる」は順番のことだそうです。

すなわち「ゆいまーる」は労働交換を意味します。

サトウキビなどの収穫は、一戸の家ではかなり厳しい重労働です。

それを隣近所が順番を組んで、互に助け合って収穫するという相互扶助のシステムが、「ゆいまーる」です。

日本本土はもとより中国、韓国などでも労働交換が発達しているようですが、特に沖縄の「ゆいまーる」は、農作業だけに限定されていないところが大きな特徴と言われています。

「ゆいま〜る」の根底には、「相互扶助」と「平等の原則」の精神が流れており、みんなが互いに信頼し合い、心から支えあえる地域社会の実現に向けて、ひとりひとりがちいさな力を出し合い、連携しあおうという精神に支えられているのです。

前述の教会建設における共同作業も、まさにこの「ゆいまーる」の「こころ」に通じるものであり、物心両面にわたって大きな成果をもたらすすばらしいものだと思います。


「ゆいまーる」ってなかなかいいですよね。

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2006年06月13日

開拓者の信仰の奇跡


umitosora36.jpgアメリカの西部開拓の時代、多くの開拓者たちが信仰の自由と新天地を求め、道なき道を切り開き、多くの犠牲を払いつつ西へ西へと厳しい旅を続けました。

彼らやその子孫によって綴られた手記には、涙なくして読むことができない感動的な物語が多くあります。

今日はそのひとつをご紹介します。

アメリカユタ州で生涯を閉じたニール・A・マックスウェル氏の曾祖父母の日記からの感動物語です。

その日記には、生活が厳しい中、彼女の夫が宣教師として召され各地を伝道したことが記された箇所があります。

夫は妻と4人の子供を残し、西部から遠く離れた東部へ3年間の伝道の召しを受けたのです。

彼は、信仰を持ってその召しに応え、厳しい状況の中家族を残して出かけて行きました。

彼が伝道に出てから1年と数ヶ月たったある日、彼女がパンを焼いていた時のことです。

誰かがドアを叩く小さな音に気づき急いで開けてみると、そこに小柄なみすぼらしい老人が立っていました。

「何か食べる物をいただけませんか。3日前から何も口にしていないのです。」

「ちょっと待って下さい。」

彼女は走って台所に行き、ついさっき焼き上げたパンを一本、そのままその老人に差し出した。

老人は丁重に礼を言うとその家を離れました。

彼女は仕事に戻ろうとした時、

「そうだわ……。」

と、パンだけしか与えなかった自分の不親切さに気づき、すぐに台所に戻るとバターとジャムを持ってドアから飛び出しました。

しかし、不思議なことにその老人の姿はもうどこにも見当たりませんでした。


2週間後、彼女の夫から1通の手紙が届きました。

そこにも不思議な出来事が記されていました。


「その日の夕暮れ、私と同僚は疲れ果ててとうとう歩くことさえ出来なくなってしまいました。

3日前から何も食べずに伝道をしていたからです。

そこで、私たちは誰も通っていない道の真ん中でひざまずき、主に助けていただくために祈り始めました。

『天のお父様、何か食べ物を恵んでいただけませんか。3日前から何も口にしていないのです。』

するとよい香りがあたり一面に広がりました。

目を開けてみると、私たちの目の前に焼きたてのパンが1本置かれていたのです。

周りには、人の姿など見当たりませんでした。

私たちは主に感謝しました。

さわってみると、そのパンにはまだ温かさが残っていました。」


彼女の夫が見た奇跡と彼女が経験したあの不思議な出来事が、心の中でひとつになりました。

その出来事は同じ日の、ちょうど同じ時刻頃に起こった出来事でした。

彼女は確かに天が彼女の夫を助けて下さったのだと確信したのです。


この話は、マックスウェル家の霊的な遺産として、今日まで大切に語り継がれているということです。


極限状態の中でさえ、天に全幅の信頼を寄せて最善を尽くす者を、天は決して見捨てず、豊かな報いから外すことがないということを改めて確認する感動の物語でした。



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2006年06月01日

思い出のリヤカー押し


umitosora26.jpg私が、小学4年生だった昭和45年前後、そのころの沖縄では、多くのオジーやオバーたちが、自分の家で豚を飼っていました。

彼らは、毎朝まだ夜も明けやらぬころに、一軒一軒の家をリヤカーを引いてまわっていました。

家や飲食店から出た前の日の残飯を、飼っている豚たちのために集めていたのです。

それぞれの入り口には、ふたのついたブリキの缶がおかれてありました。

オジーやオバーたちは、その缶に入った残飯をリヤカーの大きな缶に移し、それから重いリヤカーをかわいい豚たちのもとへと引いていきました。


私の家の近くにもそのようなオジーがいました。そのオジーが毎日通る私の実家の前には、美しい一本松のある泉の方角に向かって緩やかな長い坂がありました。

緑に囲まれてとても風情のある坂ですが、そのオジーにとっては、リヤカーを引いて行く際の最大の難所でした。


ある夏休みの早朝、ラジオ体操へ向かう私の目の前を、そのオジーが重いリヤカーを引いてその坂を上りかけています。

とっさに「手伝ってあげなければ!」と思うのですが、周りの目が気になり動けません。

心の中で迷う内に、年少の一人の少年が一目散にリヤカーに向かって走って行きました。

そしてすかさず顔を真っ赤にしながら「よいしょ、よいしょ」とかけ声をかけながらリヤカーの後を押し始めたのです。

リヤカーが軽くなったのに気づいたオジーは、立ち止まって後ろを振り返り、とても嬉しそうに「ぼうや、ありがとうね〜」とその子にとても優しい声をかけました。

私はその少年の勇気に感心しながらも、結局最後まで気持ちを行動に移せませんでした。

幼心に自責の念が残りました。

その光景が一日中頭から離れませんでした。

そしてその晩決心しました。


翌朝、同じ時刻にオジーはやって来ました。

私はその少年と2人で、リヤカーを坂の頂上まで押していきました。

できるだけ人と目を合わさないように「よいしょ、よいしょ」と小さなかけ声をかけながらリヤカーを押していきました。

リヤカーが軽くなったのに気づいたオジーは、昨日と同じように立ち止まって後ろを振り返り、とても嬉しそうに「ふたりとも、ありがとうね〜」ととても穏やかな声をかけました。

その笑顔が最高に輝いていて、心がとても温かくなりました。


それから夏休みの間中、毎日リヤカー押しは続きました。

日が経つにつれ、リヤカーを押す子供たちの数が次第に増えていきました。

オジーの嬉しそうな顔はさらに輝いていきました。


このリヤカー押しは、私たちの毎年夏の特別な行事になりました。

でも3年後、そのリヤカーとオジーの姿は突然見えなくなりました。

名前もどこに住んでいるのかも分からないオジーは、亡くなってしまったのか、養豚を止めたのか私たちには分かりませんでした。


「あのおじいちゃん、どうしてしまったのかな……。なんだかつまんないね……。」

ため息混じりに話すみんなの声は、心なしか元気がありませんでした。

私たちの夏の恒例行事は、その年からなくなってしまいました。

でも、お互いの心に芽生え、大きくなった固い友情は、その後いつまでも温かく続いていきました。


あれから30数年を経た今、私の実家の前の道は、アスファルトになりました。

そばにはたくさんの新しい家が建ち並び、昔の面影はわずかに残るリュウキュウマツを含めて、ほんの少しだけになってしまいました。

でも、そのゆるやかな長い坂を見るたびに、オジーのうれしそうな笑顔が、温かな良き思い出として蘇ってきます。

また、一緒にリヤカーを押したあのなつかしい仲間たちの輝いた笑顔が、重なって蘇ってくるのです。


温かな心で深く思いをめぐらせる中、自分たちが助けたと思っていたあのオジーから、本当はたくさんの元気と大切な宝物をいただいていたことが、今になってよく分かります。

そしてあの勇気ある少年と心やさしい仲間たちとともに、オジーへの感謝の気持ちで一杯になります。

そして、その温かな感謝の気持ちを込めて、心の中で短歌を詠み、今は亡きやさしいオジーへ捧げました。



 「残飯の 山と積まれし リヤカーの 後押す子らの 心は温し」

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2006年04月26日

NPOアジア・チャイルド・サポート


asagao01.jpgNPO法人アジア・チャイルド・サポートの代表理事である池間哲郎さんを招き、中学生・高校生とその両親を対象に特別な講演会を催しました。

モンゴルのマンホールチルドレンと呼ばれる、両親に捨てられてマンホールの中で生活する子供たちやフィリピンのスモークマウンテンでゴミの山からわずかばかりのビニルや空き缶を集めて生活している子供たちの惨状を生々しく写真や映像で紹介していただきました。

それらの多くの子供たちが、大人になれないまま、栄養失調や病気で、または事故で死んでいきます。

また、貧しい山岳民族の多くの娘たちが、家族の生活のために売られていき、売春業者の手に渡されて、本当に悲惨な生涯を送っています。その多くが、エイズに感染して、村人にも見放され孤独な死を迎えます。

世界では三秒にひとりの特に子供たちが、十分な栄養をとれないまま死んでいきます。

池間さんはそれらの子供のために、日夜粉骨砕身、私財もなげうってできることを一生懸命行っておられます。

私は、本当に大きな衝撃を受けました。

もっともっと真剣に学び、それらの子供たちの惨状を知り、理解し、自分にできる何かを真剣に行うよう努力しなければならないと痛切に感じました。

池間さんはボランティア活動を行っていくに当たって、私たちに三つの事柄をお願いしました。それは以下の通りです。

 1.悲惨な子供たち、人々の惨状を知り、理解すること。
 2.持てるわずかでも彼らのために分かつこと。
 3.私たち自身が、一生懸命に生きること。

池間さんは、感謝することはすなわち生きる力につながる、と述べられました。

今得ているすべてのことに感謝することのできる人は、一生懸命生きるようになります。

そうする時、本当の意味で、周りの人々を助けることができるようになるのです。

そのように強調されました。

何度も危険な目に遭いながらも命をかけてそれらの子供たち、人々のために働く池間さんの姿勢は、本当に力強く、信念を実行に移している人が持つ感化の力を持っています。

「親もなく 路上で暮らす 飢えた児ら 心血注ぎ 命削ぎ支う」

この歌は、貧しい子供たちを救うために文字通り命をかけて立ち働かれる池間さんへの心からの賛辞です。

私も含めて会場にいた多くの方々が、彼のように全身全霊を込めて働き、奉仕する人にならなければならないと感じました。

これらの子供たちや人々をサポートするために、とても小さなことですが、私なりにできることを始めました。

まず、支援のグループを作りその輪を広げることと、30年近く続けてきた1カ月に1日食事を抜き、浮いた食費を貧しい人々だけでなくそれらの子供たちへも分かつことです。



皆さんも是非ご協力下さい。詳しくはこちらです。

 ↓ ↓ ↓

ロゴアジアチャイルドサポートは、貧しい中でも懸命に生きる子供たちを応援します。
アジアチャイルドサポート

      (このロゴの使用は事務局の了承が必要です。ご留意下さい。)



また、以下の1クリック募金サイトへのご協力もよろしくお願いします。
募金ボタンをクリックするだけで、無料で募金ができます。

1クリックあたり1円をスポンサー企業がクリックする人に代わって寄付してくれる仕組みになっています。

「熱帯雨林保全」や「難病のこども支援」、「環境学校支援」、「循環型農業支援」、「南太平洋諸国支援」、「シルクロード緑化支援」など数多くの国内外の支援プロジェクトを行うNPO団体に募金してくれるサイトです。

小さな善意が多くの子供たちの命を救い、自然環境を守り、また人々の自立を支援します。




http://www.dff.jp クリックで救える命がある

   ↑  ↑  ↑
こちらをクリックしてください。


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2006年04月13日

横断の 途上で足止め 車止め 児童らを見送る オジー優しや


umitoiwa01.jpgいよいよ新学期も始まり、毎朝色とりどりのランドセルを背負い元気よく登校していく子供たちの姿が見られます。とてもほほえましい光景です。

私の小学6年生と3年生になる下の息子娘も、毎朝黒と赤のランドセルを背負い元気一杯「行ってきま〜す!」と大きな声であいさつし出かけていきます。

そんな多少慌ただしい朝の出来事です。

会社へ出勤する際、家の近くの信号のない横断歩道で、身体よりも大きいかと思われるランドセルを背負った小さな子供たちが道を横切ろうとしています。

子供たちが登校する朝の七時半から八時までの間は、出勤途上の車のまさにラッシュアワーです。

信号のない横断歩道ほど危険なものはありません。通常はPTAの役員の方々、御父母の皆さんが交代で安全指導を行うのですが、その日はたまたま安全員のいないとても危険な状態でした。

子供たちの反対側から来た八十歳なりなんとするおじいさんが、子供たちを気遣い道の真ん中で足を止め、黄色い旗の代わりにしわくちゃの手を一杯に広げて、子供たちを優しくいたわるように横断させていました。

何とも心温まる光景でした。

オジーやオバーたちの子供たちに対するまなざしは、いつも温かく、それを目の当たりにし、その温かさを感じるたびに、満ち足りた思いと元気が体の奥底から湧いてきます。

一日がとてもいい一日になるようなすがすがしい気持ちになるのです。

posted by HappyLifeRealize at 20:16| 沖縄 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

クリックで救える命がある


tsutsuji3.jpgクリックするだけで募金ができるサイトを見つけました。

知っている方も多いと思いますが、募金サイトの募金ボタンをクリックするだけで、無料で募金ができるそうです。

1クリックあたり1円をスポンサー企業がクリックする人に代わって寄付してくれる仕組みになっています。

「熱帯雨林保全」や「難病のこども支援」、「環境学校支援」、「循環型農業支援」、「南太平洋諸国支援」、「シルクロード緑化支援」など数多くの国内外の支援プロジェクトを行うNPO団体に募金してくれるサイトです。


時間がある時に是非クリックしてみてください。


小さな善意が多くの子供たちの命を救い、自然環境を守り、また人々の自立を支援します。





http://www.dff.jp クリックで救える命がある

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2006年04月04日

厳しい苦難を己を磨き高める糧に…


tsutsuji2.jpg私の中学の頃の先輩に心から尊敬するすてきな女性がおります。

どのようなときでも笑顔を絶やさず、周りの方々への細やかな心遣いを自然な形で行いに示し続けるとても優しい方です。

周りの方々の幸福そうな笑顔が、そしてそれをもたらすべく小さな親切の手を伸べることが、自身の一番の喜びと感じているようです。

以下の賢者の助言を文字通り地で実践している二児のお母さんです。

「喜びを得るための鍵は、人のために奉仕することです。……自由意志とは、わたしたちが熱心に努め、自らの意志で意義ある奉仕の業を行なうための力です。」

                   ゴードン・B・ヒンクレー

いつも明るい笑顔を振りまく彼女ですが、様々な人生の厳しい憂き目を何度となく味わってきました。口に尽くせない辛い挫折を幾度となく経験してきたのです。

でも持ち前の明るさと笑顔を決して失うことなく、その度に失意のどん底から這い上がってきました。

それらすべてに追い打ちをかけるように2番目の息子がダウン症で生まれたときにもそうでした。

一時期は、障害を持つ夫と共にお互い自分自身を責め、すっかり打ちのめされてしまったのですが、それでも顔を上げ、涙を拭いて、笑顔を取り戻し、黙々と奉仕活動に携わっています。2人の息子たちになお一層の愛情を注ぎつつ……。

何ら助けの手を伸べることの出来なかった私の思いは、C・S・ルイスのまさに次の言葉そのものでした。

「私は非常な苦しみを受けている人々の中に、魂の大いなる美しさを見た。
 ほとんどの人々が、日を経るにつれて大きく成長していく。
 落ちていくのではない。
 そして遂にその苦しみが最悪の条件の中から
 不屈の精神、愛と素直な心という宝を生み出すのを見た。」


彼女は賢人たちの以下の言葉を骨の髄まで深く理解し、今日も同じように寒さに震える方々へ温かい励ましの手を差し伸べています。

「寒さにふるえた者ほど太陽の暖かさを知る。
 人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。」

             ホイットマン

「今日私が目にする最大の奇跡は、病める者の癒しではない。
そうではなく、心に悩みを持ち、落胆し、取り乱し、挫折し
そしてその挫折する一歩手前にある人々への助けである。」

             ハロルド・B・リー


頭で理解していても、同じように行動するのは私たち凡人には至難の業です。

でも差し伸べる温かい手をもっている人がこの世の中にいると知ることは大きな慰めと励みになります。

posted by HappyLifeRealize at 09:35| 沖縄 ☔| Comment(1) | TrackBack(1) | 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月25日

名も知れぬスカウトの善行


soratokumo02.jpgとても心温まる記事を読みました。ボーイスカウト関係者の方々には知らない方はいない話かも知れませんが、とても新鮮な感動を与えてくれました。

1909年の秋のこと。イギリスの首都ロンドンは、例のごとく一日中濃い霧に包まれていました。

アメリカのイリノイ州シカゴからロンドンに来た出版業のウィリアム・ボイス氏は、市の中心部で、ある事務所をさがしていましたが、道がわからなくて困りはてていました。

そのとき霧の中からひとりの少年が近づいてきて、「何かお役にたつことがありますか。」と言いました。

事務所がわからなくてこまっていることがわかると、少年は先にたって、その事務所までボイス氏を案内しました。

ボイス氏は、アメリカ人の習慣で、少年にチップを上げようとポケットに手を入れました。しかしボイス氏がチップをとり出す前に、少年は勢いよく右手をあげて敬礼しました。

「ぼくはボーイスカウトです。今日も何かよいことをするつもりでいました。お役にたててうれしいと思います。スカウトは、他の人を助けることでお礼はもらいません。」と少年は言いました。

少年からボーイスカウトのことを聞いたボイス氏は、用事をすませてから、少年に、ボーイスカウトの本部へ案内してもらいました。ボイス氏が少年の名前を聞く前に、少年はもう姿を消していました。

イギリスの本部でボーイスカウトのことをくわしく調べたボイス氏は、アメリカへ帰って大統領のタフト氏などに話し、やがて、アメリカでボーイスカウト運動が始められたのです。

そのときの少年がだれだったのか、その後もだれもわかりませんでした。

しかし名前もわからないこの少年の小さな善行が、アメリカのたくさんの少年に、ボーイスカウトを伝えるもとになったのです。


自分にも出来るとても小さくて簡単なこと、それが将来の世の中を変える力になるかも知れないと思うと希望が湧いてきます。

posted by HappyLifeRealize at 20:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月18日

イチャリバチョーデー、ヌーフィダティヌアガ


friendshipping01.jpg先日、沖縄の「黄金言葉」(クガニクトゥバ)について少し記しました。

「黄金言葉」とはすなわち、人の道を指し示し、良き事柄へと人を誘う、沖縄の先人たちの深い洞察と知恵に基づいて語られた数々の格言です。

そのひとつに次のようなものがあります。

イチャリバチョーデー ヌーフィダティヌアガ
「行逢ば 兄弟、何 隔てぃぬ あが」

(行き逢えば兄弟、何の隔てがあろうか。)

たとえ見ず知らずの人であったとしても、縁あって知り合い親しくなれば、兄弟のようなもの。そこには何の隔てもありませんという意味です。

この世の中、社会というものはみんなが助け合ってこそ成り立つものであり、みんなが仲良くなっていかなければやっていけません。

ですから、出逢いがあったら、その人を自分の兄弟のように受け入れて大切につき合いなさいという教えです。

なかなか言うは易く行うは難しですが、
暖かい気候の沖縄でのんびり育ち暮らしてきた多くの先輩たちは、
その教えを自然体で行いに移しています。

初めての人にも心ゆるすために、だまされる人も多いのですが……。

でも、世知辛いこのご時世であるからこそ、自分の子供たちや将来の孫たちに伝えていきたい教えでもあります。

このような「黄金言葉」に接するたびに、ある方が語ったように私も次のように思います。

 「先人・先輩の珠玉の黄金言葉
  すなわち 知恵に満ちた真理の種が

  私の心に静かに蒔かれるとき

  私の心が
 
  固い道ばたの土でないように

  また ごつごつした石のために
  根が伸びずに枯れてしまうことのないように

  はたまた いばらの地で
  この世のわずらいのために
  実のならないまま
  枯れてしまうことのないように

  そうではなく 深く耕された肥えた土で
  また 誠実な生活がおくれるところであるように……」


沖縄の「黄金言葉」、日本中どこの地域にもある知恵に満ちた格言と同じように
本当にすばらしいと思います。

スカイクエストコムの著名人のセミナーも、このような知恵ある教え−「黄金言葉」で満ちています。本当にすばらしいですよ。

「黄金言葉」、また紹介します。

posted by HappyLifeRealize at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

「あしながおばさん」


先日の沖縄タイムス夕刊に、半世紀もの間名前を告げずに、困った人への現金を手紙を添えて長崎の警察へ送り続けた三人の女性についての記事が載りました。

1956年3月のある日、突然現金三百円入りの匿名の封書が届けられました。それ以来、送り主の分からない小さな善意が毎年続けられました。報道によってその輪が全国に広がり基金までできたそうです。

その記事には「50年を迎えた今年、卒業させてもらいます」という最後の手紙が届けられたことを伝えていますが、それと同時に彼女たちの意志がその娘たちに受け継がれているというとても心温まる内容になっていました。

見返りを求めない小さな善意の活動は日本の至る所で行われていますが、50年にわたって続けてこられたというのは本当に並大抵のことではありません。

おそらく原爆を含む恐ろしい戦争を体験され、他人の苦しみが痛いほど解るその婦人たちは、その優しい心ゆえ、困っている隣人を見過ごしにすることができないのでしょう。

拝金主義が世を風靡し、それを象徴するような事件が多く報道されるなか、「あしながおばさん」の真心込めた善行に、とても温かな思いで満たされました。

 まくとぅ ちゅ  ちむ あたた  し     わし     うちゆくぃーてぃ
 「誠する人の 肝ぬ温かみ 染みてぃ忘ららん 浮き世越えて」(琉歌)

(誠を尽くす人の心の温かさは、心に染みこの浮き世を越えて決して忘れることはできません。)

 ※「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される
   叙情的短詩形歌謡の総称。
   短歌形式の琉歌は、8・8・8・6の30音からなる定型短詩です。


posted by HappyLifeRealize at 12:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

「与える者の子孫の幸福、天は忘れず」


私の名前は「吉隆(よしたか)」ですが、それは父母の尊敬する幕末から明治にかけて活躍した西郷隆盛の名前から付けられたようです。

幼少の頃「小吉(しょうきち)」と呼ばれていた隆盛の「小吉」の「吉」と「隆盛」の「隆」をとって「吉隆(よしたか)」と名付けられました。

西郷隆盛の人柄や生きざまには、彼の座右の銘である「敬天愛人」すなわち「天を敬い人を愛する」という精神が如実に表れていて、父母の尊敬の的となったのだと思います。

実際の私はだいぶ名前負けをしていて父母には申し訳ないのですが、でもこのようなすばらしい名前をいただいたことに心から感謝しております。


特に母は、「天を敬い人を愛する」というその精神が大好きです。
母は、生涯を通じて決して大きなことを行ってきたわけではありませんが、まさにそれを自然に行いに示し続けてきたという点で、私は心から母を誇りに思っています。

戦争の修羅場をくぐり抜け、戦後父と結婚してやっと幸せを手にした母でしたが、私たちが幼い頃、原因不明の病気で数年にわたって寝込みました。

何度か死の淵をさまよいながらも、子供を残しては決して死ねないとの思いが強く、多くの医師にさじを投げられながら奇跡的に回復していきました。病弱な体とうまくつきあいつつ、起き上がり、家事もこなせるようにまでなりました。

ただ、終戦後の物に乏しい時代、七人の子供を抱えて貧しい苦しい日々が続きました。子供たちに食べさせるのに必死でした。

そのような中、元気になった母の元には多くの貧しい、病気や悩みを抱える方々が相談に訪れるようになりました。
死の病のどん底から這い上がってきた母の励ましと彼らのための祈りには、それらの方々の心だけでなく病まで癒す本当に不思議な力がありました。

でも、母はそれらの貧しい方々から金品を受け取ることは決してしませんでした。むしろどんなに貧しくても、さらに貧しい方々に持てるものを分かち、彼らを空手(素手)で帰すことをしませんでした。私は、そんな母にずっと尊敬の念を抱き続けてきました。この特質は、戦争を経験した沖縄の多くのおじいちゃんやおばあちゃんに共通する特質でもあります。

母にはひとつの信念がありました。
それは、「貧しい方々や生活に困っている方々に助けの手を伸べるなら、天は必ずや自分の子や孫、子孫に心を留め、恵みを豊かに注いで下さる」というものです。

そして常々「恩を知ることと感謝には人を動かす力がある」と語っていました。
ほとんどの医師がさじを投げた母の病を、天が癒して下さったと母は確信しています。
そしてその感謝の心が、母の奉仕の大きな原動力となっていることがよく分かります。

私たち子や孫は、本当に恵まれた毎日を送っています。
そしてそれは、母のそのような信念と行い、そして子や孫の幸福を願う、心込めた祈りに依るものが大きいと感じています。
しかし、なかなか真似はできません。

四十数年を経た今でも、当時の方々あるいはそのお子さまに当たる方々が母を訪れ、野菜や果物などの差し入れを感謝の心と共に持ってやって来ます。

私たちは物質的な意味でなく、そのような方々の感謝の気持ちで私たち自身も励まされ、心が満たされるのです。

 「貧しきに 持てる多くを 分かち合う 子孫の幸福 天は忘れず」


posted by HappyLifeRealize at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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