2012年01月05日

「かわいい子供のプレゼント」

Present02.jpg昨日、遠く離れた地に住む友人の誕生日のお祝いにメールを送りました。その友人が彼のFacebookの中で、とても愛らしい幼い娘が、父親である彼に対して贈った本当に心温まるプレゼントについて教えてくれました。

彼曰く「娘がチラシのウラに何かを書いて渡してくれた。『はい、お年玉。50円だよ!パパ、あんまり(財布にお金が)はいっていないでしょ!』だって。」娘の純真な愛情に触れた彼は、とても嬉しそうな表情がこちらまで伝わってくるような文字で「今年もがんばろう…!」とメールを結んでいました。こちらまで、温かい気持ちに包まれました。

クリスマスの時期に紹介し忘れた同じように心温まるお話しがあります。メアリー・M・エレスワースが記した「かわいい子供のプレゼント」題するお話しです。以下に紹介します。

「だいぶ前のことですが、4歳になる1人のやさしい女の子の話です。その子は知っている字を一生懸命1枚の紙に書き、その紙で持っているお金を全部包んでおばあちゃんの家へ出かけていきました。そしてそのプレゼントをあげると、また急いで家に帰りました。それはクリスマスの朝でした。

それから数十年過ぎて、おばあちゃんは亡くなってしまいました。そこで家族のみんなが集まって、形見の品を調べるためにおばあちゃんのトランクを開けてみました。長い人生にもかかわらず、おばあちゃんの持ち物は少ししかありませんでした。もちろん高価な物は1つもありません。

でも、トランクのそこに紙包みが1つ入っていました。薄汚れた紙の上に、子供っぽい字でこう書いてありました。『おばあちゃん、だいすき!』開けてみると中に入っていたのは3枚の銅貨でした。」

JesusChrist02.jpg聖書の中でイエス・キリストは次のように語っています。

「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。」(マタイ18章3節)

どんなに年をとっても、そのように人の心を慰め、和ませ、感動を与え、頑張る元気を与える幼子のような純真さをいつまでも持てるようになりたいものです。

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2011年12月24日

「Merry Christmas!」

いつもこのサイトを訪問して下さる皆さんへ

ChristmasMessage01.jpg


毎日のようにこのサイトを訪問して下さる皆さん、本当にありがとうございます。多くの方々がこのサイトを訪問し記事を読んで下さっていることは、私にとって本当に大きな励みです。皆様が少しでも元気を得て夢を実現する力が得られますようこれからも投稿頑張ります。今後とも皆さまの応援を宜しくお願い申し上げます。

イエス・キリスト様の生誕をお祝いするこの聖なる季節に、皆様とご家族の上に豊かな祝福が注がれますよう心よりお祈り申し上げます。また、皆様のご健康を心より願い、迎える新しい年が祝福に満ちたすばらしい一年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

以下は皆さまへの心からの感謝を込めた小さなクリスマスカードです。是非お読み下さい。(<クリスマスメッセージ>をクリックして下さい。)


kansha01.jpg


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2011年12月18日

「シークレットサンタ」

santa01.jpg皆さん中にはすでに聞いたことのある方もいると思いますが、この季節に関連した心温まるお話しをします。「シークレットサンタ」物語です。長い話ですが頑張って読んで下さい。

「アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている人々に現金をプレゼントする男性がいた。彼はいつしか「シークレットサンタ」と呼ばれるようになった。

1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまった。請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。そして、なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。

一人の男性店員がラリーの横でしゃがんで、20ドル札(現在約2400円)が落ちていたと渡してくれたお陰で、彼は会計を済ませることができた。だがこの人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、後に彼の運命を変える重大な鍵となる。

1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーは、警備関係の会社を起こして懸命に働いた。結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。だが1977年12月、不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられた。貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。だが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまった。

改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いた。だが彼はまたしても試練を与えられる。1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、ラリーは解雇されてしまったのだ。

もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。彼女は受け取れないと言ったが、ラリーは『クリスマスプレゼントだ』と言って手渡した。

この日はクリスマスだった。女性は嬉しそうに礼を言った。その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、白いオーバーオールに 赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのだ。「シークレットサンタ」が誕生した瞬間だった。

20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで 受け取ってもらえた。それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかった、と聞かれた。ラリーは落としてしまったと答えた。すると妻は怒るどころか、「仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね」と微笑むだけで文句を言わなかった。

翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。そして、その年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けた。そしてその金額は少しずつ多くなっていった。不思議なことに「シークレットサンタ」となって施しをすればするほど会社の業績が上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになった。

ラリーの妻も町中で「シークレットサンタ」の噂を耳にするようになった。彼は家族にも言っていなかったのだ。彼はそれからも一年も休むことなく「シークレットサンタ」の活動を続けたのだが、9年目の1987年12月、ついに妻に「シークレットサンタ」がラリーであることがわかってしまった。

「すまない」と謝るラリーに、妻は「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ。」と答えた。以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。

1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。しかし報道されてから、「シークレットサンタ」の正体への関心はさらに高くなった。

一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、ある人物に会いたいという思いが募っていった。そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。その男性とは、「シークレットサンタ」の生みの親だった。

28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと…。本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づいた。20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに…。

男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。ラリーは「彼がしてくれたことをいつか誰かにしよう」と思ったのだと話した。そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った封筒を渡した。

受け取れないというテッドに、ラリーは「自分が今あるのはあなたのおかげ」だと引かなかった。当時テッドは、警察に突き出すのではなく、「自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しい」と思って20ドルを差し出した。「それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がる」とテッドは話している。

テッドはラリーから渡された1万ドルを、近所の病気で困っている人たちや生活に苦しい人たちのために使ったという。人を思いやる気持ちは健在だった。

そしてラリーのサンタ活動は全米に広がった。2001年には、世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。

2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、27年間で配った総額は150万ドル(約1億8千万円)になった。

だが2006年、「シークレットサンタ」がついにカメラの前に現れ正体を明かした。彼は2006年4月、食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、「身近な人への思いやりを広げて欲しい」というメッセージを送りたかったからだろうと、マクガイヤー記者は話す。

その反響は大きかった。2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。大半は自分も「シークレットサンタ」になりたいというものだった。2006年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの活動を行った。そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。

2007年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。それでも彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に永遠のサンタとして刻み込まれただろう。生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立、会員資格は「少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。」今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない。日本でも各地で「シークレットサンタ」活動が行われている。今日もどこかで……。」

 私たちもラリーの模範に倣い、誰かを幸せにするために行動しましょう。

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2011年12月17日

「クリスマスの象徴」第二部

christmastree01.jpg一昨日紹介した「クリスマスの象徴」の残り第二部をお贈りします。是非、クリスマスイブの晩にでも子供たちに紹介して下さい。思い出深い家族団らんのひとときになると思います。では……

私はふと、チリン、チリンとやさしく響く音色に気づきました。その音色がだんだん大きくなるにつれて、何故かとても懐かしく感じました。

「子供たちに迷える羊が鈴の音によって見つけられるのと同じように、この鈴の音によって、人も神の群に帰れるように……という意味のあることを教えてほしいのだ。鈴は導きと天へ帰ることの象徴なのだ。さらに、それはすべての者は神の目から見て、尊い存在であることを意味しているのだ。」

candle01.jpg心地の良い音が闇夜に消えていくと、サンタは、今度はローソクを取り出しました。暖炉の上に置き火をつけると、小さな炎は暗い部屋に柔らかな光を放ちました。影が壁に揺れて静かにダンスをしているようでした。

「子供たちに教えてやっておくれ……」サンタは小さな声で続けて言いました。「ローソクのともしびは古い昔の星への感謝の念を表しているのだ。この小さなともしびは、星の光を映しているのだ。はじめローソクはツリーに飾られ、それは、あたかも深緑の空に輝く無数の星のようだった。今は、安全のためにローソクは取り去られ、代わりに色々な色のライトが輝いてその象徴を思い出させる。」

christmasleese01.jpgサンタはライトのスイッチを入れ、木の下の贈り物を手に取りました。そして、その贈り物の大きなリボンの蝶結びを指さして言いました。

「贈り物につけてあるリボンの蝶結びは、兄弟愛の精神を思い起こさせてくれる。リボンの蝶結びのように、人の心も皆互いに良い心で結び合わされるように覚えておかなければならない。永遠の良い心、これがリボンの蝶結びのメッセージなのだ。」

redkazari01.jpg私が、袋の中には他にどんな物が残っているのだろうと考えていると、サンタは袋から物を取り出す代わりに袋を肩に担ぐと、クリスマスツリーに手を伸ばし、上の方の枝に掛かっているキャンディーを取って、私に渡しました。

「この杖のキャンディーは、羊飼いの杖を象徴していることを子供たちに教えてほしい。杖の曲がりは、迷った羊を引っかけて群に連れ戻すときに役に立つようになっている。杖のキャンディーは、クリスマスに差し出す、助け合いの手を意味しているのだ。そして、それは、人は互いに兄弟の番人であることも象徴しているのだ。」

christmasleese02.jpgサンタは部屋を眺めながら満足そうな顔をしました。私が、まだ戸惑いを感じながらも、考えさせられている様子を見て、満足しているようでした。サンタはもう一度袋に手を入れ、今度は大きなクリスマスリースを取り出しました。それをドアの所に置きながら言いました。

「どうか、子供たちに教えておくれ。このクリスマスリースは永遠の愛を象徴していることを。それは決して消え失せることなく、止むことなく、終わりがない。それは絶えることのないひとつの愛の輪だ。このリースはもう一つのことを象徴している。このクリスマスリースはたくさんの物と色からできている。それは、クリスマスのすべての物を私たちに思い起こさせるものなのだ。」

tonakai01.jpg「そしてどうか、子供たちに教えておくれ。このクリスマスのすべての象徴を見るときに、深く考え、思いめぐらし、喜びに身を震わせてほしいことを。与え、助け、愛し、仕えることが価値あることであることを。年老いたサンタクロースと陽気なトナカイは、クリスマスそのものの最高の象徴であることを。悪事をやめ、争いに終止符を打つために、あの夜にサンタのメッセージがどれほど私の洞察を深めてくれたかを。」

この地上で是非ともしなくてはならないこと、それは子供たちに正義と真理を教えることである。皆さんの上に平安と幸福、そしてクリスマスの真の精神がもたらされますように……。

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2011年12月15日

「クリスマスの象徴」第一部

santa01.jpg今回は「クリスマスの象徴」という物語を紹介します。クリスマスの真の意味を教えるとてもすばらしいお話しです。長いので2部に分けて届けます。まずは第一部です。

クリスマスのちょうど一週間前でした。私は特別な訪問を受けました。その時のことをお話しましょう。私は、家の雑用を終え、寝ようとしていたところでした。

玄関に通じるドアのところで何か物音がするのを聞いたのです。ドアをそっと開けてみると、驚いたことに、クリスマスツリーの後ろからサンタクロースが現れ、私の前に立ったのです。そして、私が声を上げないように「静かに」と唇に指を当て合図をしました。

「何をしているのですか?」と尋ねようとしたとき、サンタの目に涙があふれているのを見て、言葉が喉につかえてしまいました。

彼には普段の陽気さがありませんでした。みんなの知っている陽気なサンタではなかったのです。彼は一言、私にこう答えて言いました。

「子供に教えてやってほしいのだが……」

私には意味が分からず当惑してしまいました。彼は何が言いたいのだろう。サンタは私の当惑を察したかのように、クリスマスツリーの後ろにおいてあったおもちゃ袋をぐいとひきよせると、まだまごついている私にもう一度こう言いました。

「子供たちに教えてやってほしいのだ。昔のクリスマスの意味を。近ごろ、もうクリスマスの意味はすっかり忘れ去られてしまっている。」

私は尋ねました。「どうやって……」

star01.jpgサンタは袋に手を入れ、中からキラキラと輝く星を取り出しました。

「星は昔から『約束の天のしるし』であることを教えてやってほしいのだ。神は世の救い主を送られることを約束して下さった。そして、その約束の成就のしるしが東の空に輝く大きな星だったのだ。星は人類に対する神の愛と約束の成就とを思い起こさせ、数え切れないほどの夜空に輝く無数の星……一人にひとつずつ……は、今や人類すべての燃える望みを示しているのだ。」

redkazari01.jpgサンタは静かにその星を暖炉の上に置くと、次に赤いキラキラしたクリスマスツリーの飾りを袋から出しました。

「子供たちに、赤はクリスマスの最初の色であることを教えてやっておくれ。それははじめ、信仰深い人々が、全人類のために流された救い主の血を思い起こすことができるようにと用いられたのだ。

キリストは、人が永遠の生命という神の賜にあずかることができるように、御自分の命を捧げ、血を流されたのだ。赤は深遠で情熱的で鮮やかだ。赤は最も重要な色なのだ。それは神からの賜の象徴の色なのだ。」

mominoki01.jpg「子供たちに……」サンタは袋の奥から小さなクリスマスツリーを取り出しながら続けてこう言いました。ツリーを暖炉の前に置き、赤い飾りをやさしくつけました。

モミの木の深緑にその飾りはよく映えました。クリスマスの2番目の色です。

「立派なモミの木の純粋な緑は、一年中を通して色を変えない。それは人類の永遠の望みを表している。緑は、若々しい希望に満ちた自然の豊かな色だ。

空に向かって伸びるすべての針葉は、人類の『天へ帰るのだ』という思いの象徴なのだ。素晴らしい緑の木々は、最良の友として、人類に避け所を与え、温かく過ごせる場所を提供し、美しいものを作り上げてきた。」(第二部へ続く)

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2011年12月14日

「クリスマスの贈り物、クリスマスの祝福」

トーマス・S・モンソン大管長5.jpgトーマス・S・モンソン大管長は、1995年のクリスマスの時期に、特別なメッセージを下さいました。「クリスマスの贈り物、クリスマスの祝福」というタイトルのお話しです。クリスマスの精神についてとても大切な事柄を教えています。以下に短く抜粋します。

イエス・キリストさまの贖いの犠牲に心を向け、そのすばらしい愛の模範に倣うよう促すこのクリスマスの特別な時期に、私たち皆が、慰めや励まし・助けを必要としている人々へ、温かい手を差し伸べることが出来るよう心から祈っています。

「クリスマスに何をもらった?」1年中で最も盛大に祝われる休日の次の日には、世界中の子供たちがこの同じ質問をします。小さな女の子はこう答えるかもしれません。「わたしはお人形さんに、新しいドレス、おもしろいゲームもだわ。」男の子の答えはこうでしょう。「ぽくはポケットナイフと汽車。ライトのつくトラックもさ。」

新しい贈り物を見せ合い、自慢し合っているうちに、クリスマスの朝が明け、そして過ぎていきます。こうして得た贈り物は、はかないものです。人形は壊れ、ドレスは着古され、おもしろいゲームも飽きてしまいます。ポケットナイフはなくしてしまい、汽車もいつまでも同じレールの上を走っているだけです。電池のカが弱まり切れてしまえば、トラックも顧みられなくなります。

shunoseitan01.jpgクリスマスの質問は、一言言葉を入れ替えるだけで、結果が随分違ったものになります。「クリスマスに何をあげた?」この質問によってわたしたちは考えさせられ、優しい気持ちになり、記憶のともしびをよみがえらせます。

得ることではなく、与えることによって、クリスマスの精神は生かされます。人々は敵を赦し、友を思い起こし、神に従います。クリスマスの精神は、心の窓から見える景色を照らし出します。わたしたちはこの世の忙しい生活に目をやって、物ではなく、人にもっと関心を寄せるようになります。

tenshi01.jpg 「わたしが主にささげられるものは何だろう。
この貧しいわたしが。
わたしが羊飼いだったら、
子羊をささげよう。
博士だったら、
自分の務めを果たそう。
しかし、このわたしが
主にささげられるものは何だろう。
ささげよう、自分の心を。」
(クリステイーナ・ジョージナ・ロゼッティ)

与えることがもらうことに取って代わるクリスマスの日を、人はいつまでも忘れません。


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2011年12月13日

「クリスマスの精神」

デビッド・O・マッケイ大管長4.jpgデビッド・O・マッケイ氏は次のように語っています。

「真の幸福はほかの人を幸福にすることによってのみ得られます。すなわち、自分の命を得るには、自分の命を失う必要があるという救い主の教義を実生活に応用することです。要するに、クリスマスの精神はキリストの精神です。

キリストの精神は兄弟愛と友情の炎を燃え上がらせ、親切な奉仕の行いに導いてくれます。それはイエス・キリストの福音の精神です。その精神に従うなら『地に平和』がもたらされます。なぜなら、クリスマスの精神とは『すべての人に対する善意』という意味だからです。」

トーマス・S・モンソン大管長5.jpgまたトーマス・S・モンソン氏も次のように語っています。

「得ることではなく、与えることにより、クリスマスの精神は大きく花開きます。敵を赦し友を思い出し、神に従うのです。」

そのようなクリスマスの精神をもって周りの方々に温かい励ましや助けの手を差し伸べられるようになれれば、本当にすばらしいと思います。

今日は、そのその兄弟愛と友情の精神すなわちクリスマスの精神に基をおく、小さな親切な行いについての動画を紹介します。きっと心が温かくなり、クリスマスの精神のすばらしさを実感することでしょう。

タイトルは「The Coat:A Story of Charity」(コート:慈愛の物語)です。


posted by HappyLifeRealize at 23:04| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | クリスマス特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「チロルのうた」−きよしこの夜

organ01.jpg教会のオルガンが壊れてしまいました。クリスマスまで、あと少ししかありません。オルガンの代わりに何でクリスマスイブの音楽を演奏すればよいのでしょう。

オーストリアの小さな村、オーバンドルフは、雪に埋もれてひっそりとしていました。晴れ渡った夜空に冬の星がきらきらと輝く夜でした。牧師のジョセフ・モアは、雪をかきながら、森の中の道を木こりの家へと歩いていきました。木こりのおかみさんは、赤ちゃんを産んだばかりなのです。

shunoseitan01.jpgたどり着いたときは、もう夜更けでした。チラチラ燃える火の光に照らされて、お母さんになったばかりの女の人が見えました。おおいかぶさるようにして、ちっちゃな赤ちゃんを見ています。ちょうど、マリヤと、ベツレヘムの馬小屋で生まれたイエス・キリストのようでした。

モアは、しんと静まり返った美しい冬の森の中を、村へと引き返しました。頭の中に「きよしこの夜…」という歌が浮かんできました。家についてからも、モアの心はその歌でいっぱいでした。寝ることも忘れて夜明けまで書きました。

翌朝早く、モアは、この歌に曲を付けられたらなあと思いました。そうです。親友のフランツ・グルーバーがいます。グルーバーは学校の先生で、教会のオルガニストもしていました。モアは、その歌を持ってグルーバーの家へ走っていきました。グルーバーはギターを弾きながら、二部合唱の曲を付けました。

雪に埋もれたオーバンドルフの教会で、グルーバーは初めてこの歌を歌いました。1818年のクリスマスイブのことでした。この歌が、世界中の子供たちが大好きな「きよしこの夜」なのです。

この歌は、初め「チロルのうた」という題で、4人の子供たちが歌っていました。ふたりの男の子とふたりの女の子の4人兄弟でした。

ある時、この4人はライプチヒに行って歌いました。この歌が、あまりに美しかったので、コンサートで歌ってくれるようにとサクソニー王国の音楽の指揮者が頼みに来ました。

1850年には、ベルリンの王室合唱団が、フレデリック・ウイリアム4世の前でこの歌を歌いました。ウイリアム4世は大変喜び、歌と曲を作った人に会いたいと言いました。このときモアはもうこの世にいませんでしたが、フランツ・グルーバーは、この曲を作った人として尊敬されていました。グルーバーのギターは、今もハルバインの博物館に飾ってあります。

193年たった今年のクリスマスにも、ベツレヘムにお生まれになったイエス・キリストを思い出すために、世界中の子供たちが、美しい「きよしこの夜」の歌を歌うことでしょう。オーバンドルフのふたりの友だちどうしが作ったあの歌を…。

posted by HappyLifeRealize at 12:18| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | クリスマス特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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