2014年05月13日

「5つのあめ玉−父親の心を変えた幼子の純真さ」

 私たちが沖縄に住んでいた頃、自営業を営む一人の尊敬する先輩からいつも多くのことを学びました。

 今日は、その先輩の子供たちが幼かった頃の心温まるエピソードを紹介します。

 彼は、少し口げんかが多くなった幼い3人の息子たちに、兄弟が互いに仲良く何でも分かち合い協力できるようなより良い関係を育んで欲しいと願い、彼らを自分の元に呼びました。特に長男にひとつの課題を与えて考えさせ、それから一緒に話し合おうと考えていたのです。

 彼は長男に5つのあめ玉を渡し、それを兄弟3人で分けなさい、もちろんどのように分けるかはあなたに任せますと投げかけました。

 彼の予想では、長男はまず1個ずつを弟たちに与え、あとの3個を自分のものとするだろうから、それを踏まえて持論を展開するつもりのようでした。

 ……ところが結果は予想と全く違うものとなりました。

 その長男は少し考えた後、2人の弟にあめ玉を2個ずつあげて自分は残りの1個を本当に美味しそうに食べたのです。

 それを見ていた父親である先輩は、非常に感激し、彼の言葉を借りれば「自分の中の何かが非常に強く大きく変わるような感動を覚え、持っていたすべてのお菓子を長男にあげたい」と思ったようです。

 しばらくは理性で持ちこたえていましたが、結局は気持ちを押さえ切れず全部のお菓子を長男に渡し、兄弟3人で分けさせました。

 危うくこぼれそうになった涙を息子たちに見られないように必死にその場を取り繕いながら……。

 もちろんその後の予定していた彼の話もキャンセルです……。

 先輩はとても嬉しそうに次のように言いました。

「今回は息子に全く一本やられ、逆にこちらが学びました。まさに釈迦に説法でした……。」

 マタイの福音書には、次のように記されています。

「そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、『いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか』。すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、『よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。』」(マタイ18章1〜4節))

 純真な幼子の思いやりある小さな行為が、いかに人に感化を与えその心を動かす力を持つものであるかを改めて確認できた温かい話でした。

 幼子の持つそのような純真さをいつまでも持ち続けたいものです。

posted by HappyLifeRealize at 23:42| 福岡 | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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