2014年05月12日

「『才能』−自らの内なる可能性を信じる力」

 以前に西日本新聞の「アルガママニ」というコラムに、作家である辻仁成(つじ・ひとなり)氏の「才能」と題する記事が載りました。

「才能とは、ものごとを巧になしうる生まれつきの能力」との定義に異を唱えつつ、次のように記してありました。

「(『才能』とは、)『才能』という言葉の重圧の中で、現実を掴む努力を必死にやり遂げた人に、後から付けられる冠のようなものじゃないかと思う。……言えることはただ一つ、尽きぬ努力と自分を信じることの先にこそ才能があるということであろう。……『才能』という言葉に振り回されて、実は多くの人が、その人の中に眠っている鉱脈を発見できずに諦めたのではないか、と私は想像する。……だから、私は諦めない、と自分に言い続けて生きてきた。」

ゴーリキー01.jpg 本当にすばらしい考え方、そして生き方だと感銘を受けました。ロシアの作家ゴーリキーも、次のように語っています。

「才能とは、自分自身を、自分の力を信ずることである。」

 また、アメリカの実業家ジョージ・ジンは次のように語っています。

「自分を信じるというのは、 わかりきっていることのようだが、自分にしかできないことである。他人はそれを助けてくれるかもしれないが、信じるのはあくまでも自分自身である。」

 自分自身が、文字通り神の息子・娘であり、その内に無限の可能性が秘められていると信じることは、真の成功の鍵であり、この地上で最も重要な真の幸福を得る鍵のひとつだと思います。ドイツの文豪ゲーテも次のように語っています。

ゲーテ01.jpg「現在の姿を見て接すれば、人は現在のままだろう。しかし、人のあるべき姿を見て接すれば、あるべき姿に成長していくだろう。」

 これは、私たちの周りにいる人々の真の成長を助ける鍵としての名言だけでなく、私たち自身を信じる、すなわち私たち自身の内に秘められた神の子としての可能性と神の属性を信じることによって、自分自身の内なる能力と徳質をも引き出し、伸ばし、開花させることができるとも教えていると思います。

 モルモン書の中のニーファイは次のように語っています。

「わたしたちは子孫と同胞に、キリストを信じ、神と和解するように説き勧めるために、熱心に記録し続けようと努めている。それは、わたしたちが自分の行えることをすべて行った後に、神の恵みによって救われることを知っているからである。」(2ニーファイ25章23節)

 神の子として、私たちの内に秘められた神の属性を自他共に信じ、最善を尽くすことは、すなわち永遠の生命に共に至るための重要な鍵でもあります。自分自身に秘められた内なる可能性、内なる能力、内なる神の属性を信じましょう。そして単に聖めだけでなく、人の能力を超えて達成する力を与える主の贖いの恵みに頼りつつ、神の憐れみと愛に頼りつつ、柔和・謙遜に、信じて自らの壁を乗り越えましょう。

posted by HappyLifeRealize at 17:30| 福岡 ☔| 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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