2012年02月01日

「真珠貝−異物を美しく貴い宝石へ」

真珠−それは女性であれば誰でもがあこがれる装飾品のひとつです。

真珠といっても白蝶真珠や黒蝶真珠からマベ真珠、淡水真珠など様々な種類があるようですが、日本で生産される代表的な真珠といえばやはりアコヤ真珠です。

三重、愛媛、長崎、大分、熊本県などのきれいな海でアコヤ貝を母貝として養殖されています。

興味深いのはそれらの貝たちが美しい真珠を作る過程です。

真珠を作る貝の中には「外套膜」と呼ばれる貝殻をつくる成分を分泌する膜があります。貝の貝殻と内臓を被っている膜のことです。

もし貝の体内に小石などの異物が入った場合、この外套膜が真珠質を分泌して異物を幾重にもくるんで真珠層を形成していきます。養殖真珠は、この外套膜の性質を利用して作られるのです。

ほとんどの人が知っていることとは思いますが、真珠貝はなんと自身にとってとてもやっかい物であるはずの小石のような異物から美しい宝石を作り出していたのです。

何とすばらしいことでしょう!

この世は、多くの主の恵みや祝福で満ちていると同時に、多くの悲しみや苦しみ、孤独、試練や艱難、苦難に満ちています。毎日メディアで報道される多くの事柄には、耳や目を疑い、心を締め付けられるような恐ろしく悲しい事件で満ちています。

この現世が、「試しの世」すなわち神のみもとへ戻り、永遠に神と共に住むにふさわしい自分を証明するための鍛錬と試験の場であるがゆえの厳しさでもあるのでしょうが、やはり厳しいと言わざるを得ません。しかしながら、主は預言者リーハイを通じてその息子ヤコブに次のように語っておられます。

「さて、ヤコブよ、わたしはあなたに告げる。あなたは、わたしが荒れ野で艱難に遭っていたときに最初に生まれた子である。見よ、あなたは、……ひどい苦難を味わい、つらい思いをした。しかしながら、荒れ野で最初に生まれたわたしの子ヤコブよ、あなたは神の偉大さを知っている。神はあなたの苦難を聖別して、あなたの益としてくださる。」(ヤコブ2章1節)

艱難や苦難、試練や悲しみ、孤独は、決して人をつまずかせるものではなく、それを主にあって受け入れ、主に頼り、主の贖いの恵みにすがって耐え、乗り越えるべく最善の努力をする人を精錬するものであることも知っています。

真珠貝の真珠作りの過程はまさにそのことを象徴しています。

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

主御自身も「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」(マタイ26章39節)と、人には決して知り得ない恐ろしい苦痛と苦悶の中で祈られましたが、その願いは叶いませんでした。「しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」との神と人への深い慈愛の発露として発された言葉の通り、神の御心が行われ、救いの計画の中で最も大いなる贖いの業が全うされることとなりました。

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

わたし自身にも、すぐにかなえられた祈り、10年後、27年後にかなえられた祈り、そして未だかなえられない祈りがあります。

それは、主御自身のように、私たちが神の御心のみによって生きるようになるためだと思われます。

奇跡は、信仰を生むことはありません。
信仰は、神のみ言葉を聞くことから生じると主もおっしゃっておられます。(ローマ10章17節)
もちろん奇跡は、信仰に伴うすばらしい主の恵でありますが、この世において最も大いなる奇跡は、目に見える病の癒しでも、足や目の不自由な方が癒されることでもありません。この世において最も大いなる奇跡は、主にあって人の心が変わり、思いが変わり、生活が変わることだと思います。

すなわち、神を信じ、主の贖いを信じ、その御心のみによって歩もうと決意し、主の贖いに頼って真理に懸命に従おうと努力する心の大きな変化こそ真の大いなる奇跡です。

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

そのような心の大きな変化という奇跡を自らと自らの人生に起こし、神が人それぞれに与えられた使命を全うできるようにするためだと思われます。完全な救いに至るすべての真理を熱心に求め、神と主への愛と感謝の念を持ってそれらを行い、神が召された預言者と使徒の助けを得つつ、「わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るため」(エペソ4章13節)すなわち、永遠の生命(ヨハネ17章3節)を得られるよう自他共に助け合うためです。

たとえヨブのようにこの世のすべてを失っても、神を知り、主を知るという「真珠(=永遠の生命)」を賜物としていただくことが出来るとすれば、「神はあなたの苦難を聖別して、あなたの益としてくださる」(ヤコブ2章1節)と諭すリーハイの約束が、真に私たちの身に現実のものとして起こることでしょう。

私の大好きな「記念碑」という詩があります。寡黙に異物の痛みに長く耐えつつ、それを受け入れて美しい宝石に変えるあの真珠貝の優しい思いを代弁しているかのような詩です。

「記念碑」

神様は
その子供たちを地上へ送られる前に
彼らのひとりひとりに
慎重に選び抜かれた試練のはいった箱を与えられました。
彼は微笑みながら
それらの試練があなただけのものであることを約束されました。
あなた以外の誰も
それらの試練があなたにもたらす祝福を受けることは出来ないでしょう。
そしてあなただけが
それらをあなたの しもべ とするために必要な
特別な才能と能力とを持っているのです。

さあ!
未知の旅へと出かけなさい。あなたの誕生へと…
私が幕の彼方からあなたをこよなく愛していることを
決して忘れてはいけません。
私があなたに与えるこれらの試練は
私のあなたに対する愛のしるしです。
そして
これらの試練の助けを通してあなたが築く人生の記念碑は
あなたの私に対する愛のしるしとなるでしょう。

               天父

時には辛く悲しいこの人生、でもそれだからこそ真の喜びと成長を得られると思います。いつも主を仰ぎ見て、どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに孤独でも、どんなに淋しくても、どんなに生活が厳しくても、互いに支え合う心を持って、あの寡黙な真珠貝のように、ひとりひとり異なる「美しい人生の真珠」「人生の祈念碑」を作れたら、どんなにすばらしいことでしょう!

なぜ祈りは答えられるのでしょうか。
なぜ祈りは答えられないのでしょうか。

すべての神の息子娘たちが、ひとりひとり異なる「美しい人生の真珠」「人生の祈念碑」を作るためです。

そして、神さまはひとりひとりを決して見捨てずに、必ず助けて下さいます。

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posted by HappyLifeRealize at 20:44| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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