2014年06月04日

「大親友の訪問−心の清い人は神を見るであろう!」

愛する子供たちへ

 今日は、沖縄の友人が分かち合って下さった「大親友の訪問」というすてきな心温まる物語を紹介します。皆さんも、きっとそのような大親友の訪問を是非受けたいと思うことでしょう。
教会堂01.jpg
 「大親友の訪問」

 ある日の昼頃、牧師は礼拝堂に誰か祈りに来ているかどうか、ちょっと覗いてみようと思い、礼拝堂の中に入っていきました。ちょうどそのとき、扉が開き、ひとりの男がやってきました。その男の顔に無精髭が伸びているのをみると、その牧師は眉をひそめました。

 彼のシャツは薄汚れており、上着はヨレヨレで擦り切れていました。男はひざまづき、しばらくの間、頭を垂れ、そしてすぐに立ち上がって出ていきました。

老人の祈り01.jpg その日以来、その男は毎日正午になると決まって礼拝堂に現われました。そして30秒ほどひざまづくのです。手には弁当箱とおぼしき袋を持って……。

「強盗にでも入る隙を狙っているのだろうか?」いぶかしく思った牧師はある時ついに男を呼びとめて尋ねました。

「君、ここで一体何をしているのかい?」

 彼は教会からやや離れた工場で働いていました。30分だけの昼休みを利用して、力と元気を得るために、毎日ここに祈りに来ていたのです。

祈りの手01.jpg「ほんのちょっとしかいられないんですがね、なにしろおいらが働いている工場はこの教会からはちょっと離れているもんで。ここにこうしてひざまづいてね、神さまにこんな具合に祈るんでさぁ。『神さま、これが言いたくてまた来ました。あなたさまがおいらの罪を取り除いてくださって以来、おいらはずーっと嬉しくて仕方がないんですよ。あなたさまがおいらの大親友になってくださって、すごく嬉しいんです。どうやって祈ったらいいのかあんまりよくわからないんですが、とにかく神さまのこと、毎日思っていますよ。だから、イエスさま、ジムです、顔出しに来ました。』」

 いらぬ疑いを持ったことを恥ずかしく思いつつ、牧師はジムにいいました。「そうですか。それは大変素晴しいことですね。これからもいつでも祈りに来て下さい。」

「さぁ、もういかなくちゃ。仕事に遅れちまったら大変だ。」

 ジムはにっこり笑うと大急ぎでその場を立ち去って行きました。牧師はジムがいつもするように、祭壇の前にそっとひざまづきました。こんなことをするのは初めてでした。彼の冷えていた心はときほぐされ、主の愛で満たされていくのがわかりました。頬を涙が伝うのもかまわず、彼は小さな声でジムの祈りを繰り返してみました。

「神さま、これが言いたくてまた来ました。あなたさまが私の罪を取り除いてくださって以来、私はずーっと嬉しくて仕方がないのですよ。あなたさまが私の大親友になってくださって、すごく嬉しいのです。どうやって祈ったらいいのかあんまりよくわからないのですが、とにかく神さまのこと、毎日思っています。だから、イエスさま、私です、顔を出しに来ました。」

1匹の羊01.jpg ある日の午後、牧師はまだジムがその日は来ていないことに気付きました。そしてジムが現われない日は何日も続きました。心配した牧師がついに工場へ行きジムのことを尋ねると、ジムは病気で入院していたのです。

 病院では医者や看護婦たちがジムのことを噂していました。彼には花はおろか、電話一本、カードの一通も送られてこない、見舞客も一人も来ない、それなのに、ジムはいつも笑顔で喜び一杯なのです。しかも彼の喜びは回りにいる人達にも伝染して、ジムが入院して以来、その病棟の雰囲気が一変してしまったのです。病院にかけつけた牧師は、ベッドに横たわっているジムのかたわらに立ち、言いました。

「看護婦さんたちはみんな不思議がっていますよ。付き添いも見舞いも全然ないのにあなたがいつも嬉しそうにニコニコしているから……。」

「看護婦さんたちは間違えているんでさぁ!まぁわからないのも無理はないですがね。毎日、昼になるとね、あの方が来て下さるんですよ。おいらの大親友のあの方が。牧師さんならわかるでしょう?あの方がね、ほらここ、ここんとこに座って、おいらの手を握ってね、こういうふうに言ってくれるんですよ。
イエス・キリスト03.jpg『ジム、これが言いたくてまた来ましたよ。私があなたの罪を取り除いて以来、私はずーっと嬉しくて仕方がないんですよ。私はあなたの大親友になってすごく嬉しいんです。私はあなたが祈るのを聞くのが大好きです。とにかくあなたのこと、毎日思っていますよ。だから、ジム、イエスです、顔を出しに来ました。』」■

 日々の生活の中で、主の訪れを霊の眼で見極め、主の声を霊の耳で聞き分けられたらどんなにすばらしいことでしょう。そして、ジムのように幼子のような清い心を心から得たいと望んでいます。(おやじより)

「心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。」(マタイ5章8節)

最初の示現01.jpg「また、あなたがたがわたしの栄光にひたすら目を向けるならば、あなたがたの全身は光に満たされ、あなたがたの中に暗さがないであろう。そして、光に満たされるその体はすべてのことを悟る。それゆえ、あなたがたの思いがひたすら神に向いたものとなるように、自らを聖めなさい。そうすれば、あなたがたが神を見る日が来る。神はあなたがたにその顔を現すからである。それは神自身の時に、神自身の方法で、神自身の思いに従って起こる。」(教義と聖約88章67〜68節)



posted by HappyLifeRealize at 01:09| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。