2006年06月26日

逆境下で花を咲かせる福寿草


fukujuso01.jpg私は、一生懸命咲いているすべての花が大好きです。

名も知らない野や道端に咲いている花でも、一生懸命咲き、その命を輝かせている様子には本当に心惹かれ心癒されます。

その中でも厳しい寒さの中精一杯美しい花を咲かせる「福寿草」の花は、特に心惹かれる私の大好きな花のひとつです。

「福寿草」は、キンポウゲ科フクジュソウ属の多年草。

別名元日草(ガンジツソウ)、北国ではマンサクとも呼ぶことがあり、旧暦の正月(2月)頃咲き出すことから、新年を祝う花・縁起の良い花として喜ばれ、「福寿草」という名がついたといわれています。

その花言葉は、「最上の愛情」、「永久の幸せ」、「幸せを招く」、「思い出」です。

福人草、福徳草、福神草、長寿草、長春菊、長寿菊、富士菊、賀正蘭、満作車とも呼ばれているこの花は、めでたい花とされ多くの人々に愛されています。


長く厳しい冬、凍り付いた地面を割るように芽を出し、可憐な花を咲かせる福寿草。

「最上の愛情」「幸せを招く」との花言葉を持つこの健気な花を見ていると、次の啓発の書の一節が思い起こされます。


「慈愛は長く堪え忍び、親切であり、
 ねたまず、誇らず、
 自分の利益を求めず、容易に怒らず、
 悪事を少しも考えず、罪悪を喜ばないで真実を喜び、
 すべてを忍び、すべてを信じ、
 すべてを望み、すべてに耐える。」

愛をもってすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐え、一生懸命に花を咲かせる福寿草の姿が、昨日の「義足のマラソンランナー」と重なり、とても感銘を受けます。

そのような「最上の愛」を持って生きる一生懸命な姿こそが、自他共に「永久の幸せ」を招き、もたらす力強い鍵なのかも知れません。

花々からいつもたくさんのことを学びます。



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2006年06月25日

義足のマラソンランナー


suisen001.jpg沖縄県那覇市出身の島袋勉さんという両足義足のマラソンランナーがいらっしゃいます。

20才の若さで会社を創業するという積極果敢な心の持ち主です。

2001年4月38才の時、千葉県船橋市の踏切にて電車事故に遭い、両足膝下から切断してしまうという過酷な経験をします。

2日間も昏睡状態が続き、意識を取り戻してからも若干の記憶障害で苦しみました。


船橋市立医療センターでの入院可能期限も迫っていたなかで、長野県に住んでいた妹夫婦の計らいもあり転院先を長野県の病院と決めました。

早速、長野県障害者ハビリテーションセンターに電話。

電話口に出られたのは池田さんという方で、こちらの事情と条件を電話で話すと、それこそ懇切丁寧に応対してくれたそうです。

電話とは言え、この方なら絶対に兄の力になってくれると直感したと妹さんは言います。

条件と言えば、院内に義肢装具室があること。

今後の装身具の調整時間を短縮するためです。

5月初旬、電話でしか話してないあの池田さんに合うことになりました。

ところが、妹の智美さんはその池田さんにお会いして大変驚きました。

なんと目の前に現れた池田さんは、全盲だったのです!

池田さんは、全盲という大きなハンディを負いながらも、いつも真心込めて患者さんに対応し、テキパキと仕事をこなしていらっしゃいます。


島袋さんが長野に転院して来たのが5月9日。事故から、1月程過ぎてからのこと。

池田さんのそれこそ力強いサポートに支えられて、島袋さんも真剣にリハビリに取り組みました。

6月には、平行棒での訓練。

7月には初めての外出。

毎朝6時に起きると1階から3階までの階段で猛練習です。

もの凄いスピードでリハビリをこなし、周りも驚くほどの回復ぶりです。

そして短期間で走れるまでになったのです。

無茶なことと思えることにあえて挑戦するのが島袋さんのやり方。

「無理だから挑戦するんだ。そうすることによって心と体の回復につながり、会社再建にもつながる力を得られる」と本人は言います。


2004年11月41才の時、両足義足で初の3キロトリムマラソンに出場し、みごと完走!

なんとその1カ月後の12月には、ホノルルマラソン(42.195キロ)に出ると言うのです!

周りの反対も押し切り、病弱な母まで連れてホノルルへ。

そして完走してしまったんです。

記録は12時間59分29秒でした。

恐ろしいほどの気力、凄まじいほどの執念です。

これはまさに奇跡でした。


マラソン中は、島袋さんを3人の方が伴奏しました。先頭は妹さん、左右には妹さんの夫と友人です。

両足とも義足なので、2時間毎に取り出して汗を吹き取り、氷で冷やします。

並大抵の気力では持ちません。

ゴールでは、彼の母親が待っていました。

彼の両足切断の事故を誰よりも狂おしいほどに心を痛め、将来を案じていた母親です。

ゴールの瞬間は、まさに感激、感激、感激! 涙、涙、涙!の瞬間でした。

島袋さんは、自分の事故のことで一番苦しんでいた母に、一番安心し喜んでもらいたいと思って、苦しいリハビリに果敢に取り組み、自らに課したマラソンという過酷なチャレンジをまさに母親への愛と執念で克服したのです。


エドマンド・バークは、次のように語っています。

「困難とは厳しい教師である。またそれは親のような守護者であり、立法者でもあられる御方の最高の律法により定められたものであり、その御方は、私たち以上に私たちのことを知り、私たちを愛しておられる御方である。私たちと苦悶を共にするその御方は、私たちの勇気を高め技量を磨いて下さる。私たちに刃向かうこの困難こそ、私たちを助けてくれるものなのだ。」

どのような苦難にもひるまず、真正面からチャレンジしていく島袋さん。

今後もあらゆる困難をすべて乗り越え、周りの方々へ勇気と希望を与え続けることでしょう。

私も心から応援しております。



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涙あり、笑いあり、感動ありのオジーやオバーの心温まる話に、きっと心癒され元気が出てきますよ!

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2006年06月22日

家習る外習(ヤーナレールフカナレー)


umitosora30.jpg沖縄の黄金言葉に「家習る外習(ヤーナレールフカナレー)」というのがあります。

直訳すると「家での習いが外での習い」すなわち家庭での行いや習慣は、外に出たときにあらわれるという意味です。

家庭においてきちんとしつけられた子供は、どこにあってもきちんとした行動が取れるようになり、周りに対する心遣いや配慮が自然にできるようになります。

特に礼儀作法は家庭で学び身につけるべきことであり、十分な配慮が欠けてしまうと、日常事だけにその家の教育程度を窺い知られてしまうことになりますよとの忠告が込められています。

親はよくよく子供をしつけ、子は親の忠告を良く心に留めて日頃から良い習慣を身につけましょうという家庭教育の大切さを説いた黄金言葉です。

6人の子供を抱える私にとっては、本当に大きなチャレンジです。


ところで、この「ヤーナレールフカナレー」に関するおもしろいエピソードを聞きました。

先日の父の日を前に、小学校の教師をしている私の姪がちょっとした失敗をしてしまった際のお話です。

彼女は、父の日に備えて子供たちに書かせたお父さんの似顔絵入りのお手紙を、金曜日に子供たちに持たせるのを忘れてしまったのです。

金曜日の晩、思い悩み色々考えてから、彼女は翌日の土曜日に生徒の家を一軒一軒廻り、お詫びも含めてそのお手紙を届けることにしました。

一人の女の子の家を訪問したときのことです。

「先生また失敗してしまったさ〜。さゆりちゃんごめんね〜。」

するとその子何のためらいもなくいわく、

「先生、こんなのしっぱいってはいわないよ〜。また、しっぱいはせいこうのもとっていうでしょ。気にしない気にしない。先生みんなの家あまりよくわからないでしょ。私がいっしょにまわってあげるよ〜。」

お母さんの許可をいただいて一緒に一軒一軒廻ることになったのですが、道々運転している姪のそばで書類を広げ、不慣れな姪にしっかり道を教えてあげたとのことです。

「先生、次は〜〜のお家でしょ。このちかく、あっ! あの角を右だと思うよ。」

おかげで、楽しくスムーズに全員の家を無事廻ることができました。

とても助かりまた感心した姪は、マクドナルドでその子にご馳走してあげたのですが、その際も、

「さゆりちゃん、もっと食べたいのな〜い? たくさん注文してもいいよ。今日、先生本当に助かったから……」

するとその子いわく、

「先生、本当にいいの? じゃ〜私はいいけど、お姉ちゃんに持っていってもいい? お姉ちゃんいつもはうるさいけど、なかなかやさしいから……。」

「もちろん、いいよ!」と姪。

姪が言うには、その子は、いつも明るく賢く前向きで、なおかつ周りの誰に対しても優しい心配りができる本当に頼りになる子だそうです。

父親や母親の愛情たっぷり込めた日頃の家庭での教育が、とてもしっかりとしたものであることがよく分かります。

「ヤーナレールフカナレー」まさにその通りです。


わが家も腕白坊主たち相手にもう少し真剣に取り組まなければなりません……(^_^;)




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2006年06月21日

今のひとときを大切に…


kibarengyo004.jpg含蓄のあるとても素敵な詩を見つけました。

タイトルは分かりませんが、時間を大切に用い、今のひとときを精一杯生きることの大切さを説いています。

どうぞじっくり味わって下さい。


1年の価値を知るには
卒業試験に落ちた学生に 聞いてみなさい

1カ月の価値を知るには
未熟児を産んだお母さんに 聞いてみなさい

1週間の価値を知るには
週刊誌の編集者に 聞いてみなさい

1時間の価値を知るには
会うのが待ちきれない恋人達に 聞いてみなさい

1分の価値を知るには
電車やバス、飛行機に乗り遅れた人に 聞いてみなさい

1秒の価値を知るには
事故で生き残った人に 聞いてみなさい

千分の1秒の価値を知るには
オリンピックで銀メダルを獲った人に 聞いてみなさい

時間は待ってくれません
あなたの持っている全ての時間を大切にしなさい


トーマス・ドライヤーも次のように語っています。

「豊かな未来を作るという信念は、
 豊かな現在を作るという信念を持たない限り、
 大して価値がない。
 今日こそ、
 常にわれわれの最上の日であるべきだ。」

たとえ「今日」が厳しい苦しい一日であったとしても、ひるまず、なすべき事柄に果敢に取り組み精一杯働くなら、「今日」という日は、振り返ったとき心高められる「昨日」となり、よりよい「明日」を迎える基となります。

今のひとときを大切に精一杯過ごしましょう。



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2006年06月20日

父の日に寄せて−一人の父親は百人の教師に勝る


kosumosu001.jpg以前紹介した父に関する記事を「父の日に寄せて」と題して琉球新報に投稿したところ採用していただき、父の日の6月18日の日曜日の朝刊の「論壇」に掲載されました。

日頃親父孝行がなかなか出来ない私にとって、父へのささやかなプレゼントになったと少し喜んでいます。

今日はその記事を以下に紹介します。サブタイトルは「一人の父親は百人の教師に勝る」です。


アメリカのある牧場経営者が、自分の小さな息子たちそれぞれに子牛を与え育てさせることにしました。

子供たちは大きな黄色い叫び声を上げ、本当に大喜びします。

自分自身の本物の牛を育てることができるのです。

子供たちは朝も早くから起き、一生懸命自分の牛の世話をします。

ところが、全く要領を得ません。

時々様子を窺っていた隣の友人が、ある日ついに見かねて父親に一言声をかけました。

「お宅のお子さんたちは全く要領を得てはいませんね。あれじゃーだめですよ。」

するとその父親いわく、

「私は牛を飼っているのではなく息子たちを育てているのですよ。ご心配なく。」

私はその父親の言葉にとても考えさせられました。

「お腹のすいた人に一匹の魚をあげれば、それを食べた後その人はまたお腹がすく。しかし、魚の取り方を教えれば、その人は一生自分で食べられるようになる。」

とはよく聞く名言です。

人を支援するに当たって、その人が真の自立へ向かって歩めるように助けることの大切さ―福祉の根本原則を説いたものです。

アメリカの偉大な指導者ジョセフ・スミスも次のように述べています。

「私は、人々に正しい原則を教え、人々に自らを治めさせる。」

本当にすばらしい教えだと感銘を受けました。


幼い頃、私の父は小さな畑を借りていて、一日の仕事を終えて後、毎日のように私たちを連れて畑仕事に精を出しました。

汗と泥にまみれ、疲れる雑草抜きや土興し等は、遊び盛りの私にとってとてもつらい仕事でした。

特に他の友人たちが、みんなで楽しそうに遊んでいる時の畑仕事は、最もつらい仕事と感じられました。

そんな中での唯一の楽しみは、畑を耕す中で出てくる古銭や戦争当時の機関銃・短銃の弾を集めること(危険な弾は後で父に没収されましたが…笑)と、収穫したトマト、キュウリ、トウモロコシ等を思いっきりほおばることくらいでした。


あれから30数年の月日が流れ、私も結婚し、6人の子供たちに恵まれました。

その子供たちがちょうど当時の私と同じ年齢になった今、父と同じことをしている自分に気づきます。

猫の額ほどの菜園で、子供たちと共に土に親しみ、野菜を育てつつ、勤勉、忍耐、責任、倹約の大切さ、生き物への慈しみや自然への感謝、そして共に家族が協力して働くことの尊さを教えているのです。

父は母と協力して、野菜を育てていたのではなく、私たちを育てていたのだと今分かります。

あのアメリカの牧場経営者のように……。

教職に就いていたわけではありませんが、父と母は、私にとって最高の教師でしたし、今も変わらぬ最高の教師です。

ジョージ・ハーバートソンの次の言葉は、私から父と母への心からの賛辞です。

「一人の父(母)親は、百人の教師に勝る。」


そこで一首。

「子や孫と 畑で野菜 育てつつ 人を育てる オジーは教師」



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2006年06月17日

逆境を成長と奇跡を起こす糧に!


umitosora37.jpgバビロン捕囚の直前、様々な苦難を経験しながらエルサレムからアメリカ大陸へ移住して行った小さなグループがありました。

後にアメリカ原住民−インディアンの祖先の一部ともなった彼らは、神を信じ神を畏れる敬虔なユダヤ人でした。

彼らが記した天よりの導きの記録すなわち神の啓示の書に、次のような興味深い記述があります。

「もし人がわたしのもとに来るならば、
 わたしは彼らに各々の弱さを示そう。
 わたしは人を謙遜にするために、
 人に弱さを与える。
 わたしの前にへりくだるすべての者に対して、
 わたしの恵みは十分である。
 もし彼らがわたしの前にへりくだり、
 わたしを信じるならば、そのとき、
 わたしは彼らの弱さを強さに変えよう。」


人が神のもとに来る時、神は人にその人が持つ欠点や弱点を示されるが、へりくだり神を信じて最善の努力をする人に恵みを注ぎ、かえってその弱点や欠点を強さに変えられると約束しているというのです。

物事を常に前向きにとらえるつつ、謙虚に努力する人は、自分の最大の弱点を、最大の財産に変える力を持つようになると私も確信しています。

「見えない」「聞こえない」「話せない」の三重の障害を負って生まれたヘレンケラー。

普通の人では到底耐えることが難しい大きなハンディキャップです。

しかしながら、その耐え難い試練・ハンディキャップをもはねのけて、歴史的にも大いなる社会貢献を果たしました。

その彼女が、晩年次のような言葉を残しています。

「自分の弱点をしっかり見つめてその姿を十分に知っておきましょう。でも弱点に支配されてはだめです。弱点から忍耐力と優しい心と物事を見通す力を教わりましょう。本当の教育は知性と美しさと善良さを組み合わせたものです。そしてこのうち一番大切なものは善良さです。私たちができる限りの努力をする時、私たちの人生にどんな奇跡が起こるでしょうか。また他の方々の人生にどんな奇跡が起こるでしょうか。それは誰も分かりません。」

ヘレンケラーの生涯は、最悪の状況から最善の宝を見い出し得ることを世に示し、どのような苦しい厳しい絶望のどん底にあっても、人は希望の光を見いだして、奇跡を起こすことができる、また人が奇跡を起こせるように助けることができる、そのような強さや優しさ、忍耐力、善良さを物事を見通す心の目と共に身につけることができることを証明してくれました。

彼女はさらに次のように語っています。


「私は、自分の障害を神に感謝しています。私が自分自身を見出し、生涯の仕事、そして神を見つけることができたのも、この障害を通してだったからです。」 


人の弱さは、へりくだって天に頼り、全身全魂を込めて努力する時、文字通りそれを強きに変え、奇跡を起こすことができると私も信じています。



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2006年06月16日

私のエッセイ集『沖縄のオジー・オバー…』がデジタル書籍として今日から発売!


ojioba001.jpg第98回コスモス文学ノンフィクション部門で最優秀の新人賞を受賞した私の作品「沖縄(うちなぁ)のオジー・オバー、父・母(とうちゃん・かあちゃん)バンザーイ!! &サンキュー39」がデジタル書籍として「デジタル書房」から発売になりました。

沖縄の明るく元気でユーモアに富んだオジーやオバーたちの、涙や笑い・感動に溢れる日常のエピソードを39首の短歌を添えて短くまとめたエッセイ集です。

このブログでも紹介した記事も含まれています。

皆さまの息子や娘たち、学生・生徒の皆さんにも是非お読みいただきたい、心癒され元気が出て来る作品です。


去る大戦で父や母を失い、子や孫、親族・友人、財産の多くをあるいはすべてを失ったオジーやオバーたち。

その狂おしいほどの絶望、壮絶なまでの飢えや悲惨さをその身で経験し、まさに地獄のどん底から這い上がってきたオジーやオバーたち。

そういう彼らだからこそ、命の尊さ、平和のありがたさ、隣人や家族の心の温もりがいかに人の心を満たし、その傷を癒すものであるかを身に染みて知っています。


それらを基に育み、身につけてきた

「たくましさ」や「勤勉さ」、

艱難・苦難を「ユーモア」や「ウィット」
で笑い飛ばす「底抜けの明るさ」、

ナンクルナイサ(なんとかなるさ)の言葉に象徴される
「将来に希望を持つ楽観的な物の見方・考え方」、

テーゲーヤサ(だいたいで大丈夫だよ)
という言葉で表される「物事にこだわらず悩まない心」、

「相手を赦す心」、

「物事に動じない強い心」、

不当な権威や権力に対する抵抗や「アイロニー」、

「家族や隣人への思いやりやいたわり」、

「幼子のような素直で純朴な心」、

「子や孫の幸福を願う心と祈り」

そして経験や知恵から醸し出される「教え諭す力」は、

珠玉のように輝く彼らのすばらしい特質です。


そのようなオジーやオバーたちの心温まるエピソードを39首の短歌を添えて短くまとめました。

特に若人らが、戦前、戦中、戦後の厳しい時代を立派に生き抜き、沢山の良きものを残し、また与えてくれているオジーやオバー、父や母たちを敬い、その温かな交わりの中からより多くの良き教え・知恵と元気をいただくきっかけになれば本当に嬉しく思います。


詳しくはこちらです。
↓  ↓  ↓
「沖縄の元気オジー・オバー、父・母バンザ〜イ!! &サンキュー39」

ojioba001.jpg第98回コスモス文学ノンフィクション部門で新人賞を受賞したこの作品、是非読んで下さいね。

オジーやオバーの心温まるお話しに、きっと心癒され元気が出てきますよ!

また、皆さまの息子や娘たち、学生・生徒の皆さんにもお読みいただだければ、本当に嬉しく思います。

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2006年06月15日

粘り強く努力する


kogiku001.jpgあの有名な映画監督の黒沢明氏がかつて次のように語りました。

「自分が本当に好きなものを見つけて下さい。
 見つかったら、その大切なもののために努力しなさい。
 君たちは、努力したい何かを持っているはず。
 きっとそれは、君たちの心のこもった
 立派な仕事になるでしょう。」

とてもすてきな助言です。

この助言に加え、「粘り強く努力する」ことを信条として心を尽くすなら、必ずや成功と喜びが得られると私は確信しています。

ジェームズ・E・ファウスト氏は次のように語っています。

「粘り強く努力するとは、難しい状況に直面し、他人から『無理だ』と言われてもあきらめないことです。……成功を収めるためには粘り強く努力して、問題にぶつかっても落胆しないことが大切です。」

私たちは時として自らが越えられそうにない問題にぶつかる時、意気消沈して積極的な気持ちを持てなくなりそうになります。

でも、そんな時こそ、踏ん張りの見せ所です。


著述家として名を馳せたポール・ハービーも次のように語っています。

「いつの日か私が世に言う成功者になって、『成功の秘訣は何ですか』と尋ねられたら、簡単にこう答えたいものです。『転んだら起きあがることですよ』と。」


不屈の精神を持って粘り強く努力した人物の一人に、皆さんがよく知っているマリー・キュリー夫人がいます。

ご存じのようにフランス人物理学者である夫のピエール・キュリーと共に、ラジウムの研究に打ち込んだ方です。

資金も、外部からの支援もない中で、雨漏りのする古いあばら家で、瀝青(れきせい)ウラン鉱と呼ばれた品質の悪いウラニウム鉱石からラジウムを分離させる研究を続けていたのです。


ある日、487回目の実験が失敗に終わった時、夫のピエールは絶望して次のように投げやりに言いました。

「これは無理だ。きっと100年はかかる。ぼくが生きている間はできないよ。」

しかしながら、キュリー夫人は、落胆する様子もなく次のように応えました。

「もし100年かかるとしたら、それは残念なことだけど、でもわたしは生きているかぎり何度でも続けます。」


この不屈の精神で研究を続けたキュリー夫人は、その後ついに実験を成功させました。

彼女の粘り強い努力によって、多くの癌患者の方々が恩恵に浴することができるようになったのです。


”Never Give up!”(決してあきらめないで!)

この言葉をモットーに、すべてのことに粘り強く努力し立ち向かいましょう!


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2006年06月14日

オジー&オバーの新聞学問


panji001.jpg私が、父や母の姿を思い浮かべる時、それぞれに心に浮かぶ4つの姿があります。

まず、父が子供たちや家族のために熱心に畑を耕す姿、古いトタン屋根の家を日曜毎に修繕する姿、会社で熱心に働く姿、そして新聞と「文藝春秋」を読む姿です。

次に、母が同じように家族のために一生懸命家事を切り盛りする姿、ひざまずき手を合わせて祈る姿、病気や問題で苦しむ人々の相談相手になる姿、そして新聞と「主婦の友」を読む姿です。

オジーやオバーは、何をするにも勤勉、しかもマイペースです。

若い頃から「文藝春秋」「主婦の友」と新聞を離さず、朝夕必ず目を通しました。

80歳を超えた今でも、毎日鼻に老眼鏡をかけて新聞を読み、そこから様々な情報を得ています。

新聞はオジーやオバーの生涯学習のパートナーのようなものです。

小さい頃からオジー(父)やオバー(母)に「勉強しろ」「勉強しろ!」と言われた記憶はあまりありません。

一生懸命遊び、いやと言うほど畑仕事を手伝わされ、でもまた一生懸命勉強しました。

言わずとも父や母の学ぶ姿は、私たちを勉強に向かわせる力がありました。

そして、それは今も変わりません。


「牛乳の 瓶底ほどの 老眼鏡 鼻にひかけて 新聞学問」



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2006年06月13日

開拓者の信仰の奇跡


umitosora36.jpgアメリカの西部開拓の時代、多くの開拓者たちが信仰の自由と新天地を求め、道なき道を切り開き、多くの犠牲を払いつつ西へ西へと厳しい旅を続けました。

彼らやその子孫によって綴られた手記には、涙なくして読むことができない感動的な物語が多くあります。

今日はそのひとつをご紹介します。

アメリカユタ州で生涯を閉じたニール・A・マックスウェル氏の曾祖父母の日記からの感動物語です。

その日記には、生活が厳しい中、彼女の夫が宣教師として召され各地を伝道したことが記された箇所があります。

夫は妻と4人の子供を残し、西部から遠く離れた東部へ3年間の伝道の召しを受けたのです。

彼は、信仰を持ってその召しに応え、厳しい状況の中家族を残して出かけて行きました。

彼が伝道に出てから1年と数ヶ月たったある日、彼女がパンを焼いていた時のことです。

誰かがドアを叩く小さな音に気づき急いで開けてみると、そこに小柄なみすぼらしい老人が立っていました。

「何か食べる物をいただけませんか。3日前から何も口にしていないのです。」

「ちょっと待って下さい。」

彼女は走って台所に行き、ついさっき焼き上げたパンを一本、そのままその老人に差し出した。

老人は丁重に礼を言うとその家を離れました。

彼女は仕事に戻ろうとした時、

「そうだわ……。」

と、パンだけしか与えなかった自分の不親切さに気づき、すぐに台所に戻るとバターとジャムを持ってドアから飛び出しました。

しかし、不思議なことにその老人の姿はもうどこにも見当たりませんでした。


2週間後、彼女の夫から1通の手紙が届きました。

そこにも不思議な出来事が記されていました。


「その日の夕暮れ、私と同僚は疲れ果ててとうとう歩くことさえ出来なくなってしまいました。

3日前から何も食べずに伝道をしていたからです。

そこで、私たちは誰も通っていない道の真ん中でひざまずき、主に助けていただくために祈り始めました。

『天のお父様、何か食べ物を恵んでいただけませんか。3日前から何も口にしていないのです。』

するとよい香りがあたり一面に広がりました。

目を開けてみると、私たちの目の前に焼きたてのパンが1本置かれていたのです。

周りには、人の姿など見当たりませんでした。

私たちは主に感謝しました。

さわってみると、そのパンにはまだ温かさが残っていました。」


彼女の夫が見た奇跡と彼女が経験したあの不思議な出来事が、心の中でひとつになりました。

その出来事は同じ日の、ちょうど同じ時刻頃に起こった出来事でした。

彼女は確かに天が彼女の夫を助けて下さったのだと確信したのです。


この話は、マックスウェル家の霊的な遺産として、今日まで大切に語り継がれているということです。


極限状態の中でさえ、天に全幅の信頼を寄せて最善を尽くす者を、天は決して見捨てず、豊かな報いから外すことがないということを改めて確認する感動の物語でした。



posted by HappyLifeRealize at 06:54| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 奉仕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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